や否やをみん 一一五―一一七
讀者よ、奇《くす》しき戲れを聞け、彼等みな目を片側《かたがは》にむけたり、しかも第一にかくなせるは彼等の中|殊《こと》にその心なかりしものなりき 一一八―一二〇
たくみに機《すき》を窺へるナヴァルラの者、その蹠《あしうら》をもてかたく地を踏み、忽ち躍りて長《をさ》を離れぬ 一二一―一二三
かくとみし鬼いづれも咎を悔ゆるがなかに、わけて越度《をちど》の本なりし者そのくゆることいと深ければ、すなはち身を動かして 一二四―一二六
汝は我手の中《うち》にありと叫べり、されど益なし、翼ははやきもなほ恐れに超ゆるあたはず、彼は沈み、此は胸を上にして飛べり 一二七―一二九
鴨忽ち潛《くゞ》り、既に近づける鷹の、怒りくづほれて空にかへるもこれにかはらじ 一三〇―一三二
カルカブリーナは欺かれしを憤り、彼と格鬪《くみあ》はんため、却つてかの者の免かれんことをねがひ、飛びつゝ彼をあとより追ひゆき 一三三―一三五
汚吏の姿消ゆるとともに爪をその侶にむけ、濠の上にてこれを攫《つか》みぬ 一三六―一三八
されど彼また眞《まこと》の青鷹《もろがへり》なりければ、劣らず爪をこなたにうちこみ、二ながら煮ゆる澱《よどみ》の眞中《まなか》に落ちたり 一三九―一四一
熱はたちまち爭鬪《あらそひ》をとゞめぬ、されど彼等身を上ぐるをえざりき、其翼|脂《やに》にまみれたればなり 一四二―一四四
殘りの部下と共に歎きつゝバルバリッチヤはその中|四人《よたり》の者にみな鐡鉤《かぎ》を持ちて對岸《むかひのきし》に飛ばしめぬ、かくていと速かに 一四五―一四七
かなたにてもこなたにても彼等はおのが立處《たちど》に下り、既に黐《もち》にまみれて上層《うはかは》の中に燒かれし者等にその鐡搭《くまで》をのべき 一四八―一五〇
我等は彼等をこの縺《もつれ》の中に殘して去れり 一五一―一五三
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第二十三曲
言《ことば》なく伴侶《とも》なくたゞふたり、ひとりはさきにひとりはあとに、さながらミノリ僧の路を歩む如く我等は行けり 一―三
わが思ひは今の爭ひによりて蛙と鼠のことをかたれるイソーポの寓話《フアーヴオラ》にむかひぬ 四―六
心をとめてよくその始終《はじめをはり》を較べなば、モとイッサの相似たるも彼と此との上にはいでじ 七―九
また一の思ひよりほかの思ひのうちいづるごとく、これよりほかの思ひ生れてわがさきの恐れを倍せり 一〇―一二
我おもへらく、彼等は我等のために嘲られてその怨み必ず大ならんとおもはるゝばかりの害《そこなひ》をうけ詭計《たくらみ》にかゝるにいたれるなり 一三―一五
若し怒り惡意に加はらば、彼等我等を追來り、その慈悲なきこと口に銜《くは》へし兎にむかひて酷《むご》き犬にもまさりぬべし 一六―一八
我は既に恐れのために身の毛悉く彌立《いよだ》つをおぼえ、わが後方《うしろ》にのみ心を注ぎつゝいひけるは、師よ、汝と我とを 一九―
直ちに匿《かく》したまはずば、我はマーレブランケをおそる、彼等既にうしろにせまれり、我わが心に寫しみて既に彼等の近きをさとる ―二四
彼、たとへばわれ鏡なりとも、わが今汝の内の姿をうくるよりはやく汝の外の姿を寫しうべきや 二五―二七
今といふ今汝の思ひは同じ働《はたらき》同じ容《かたち》をもてわが思ひの中に入り、我はこの二の物によりてたゞ一の策《はかりごと》を得たり 二八―三〇
右の岸もし斜にて次の嚢《ボルジヤ》の中にくだるをえば、我等は心にゑがける追《おひ》をまのかるべし 三一―三三
彼この策《はかりごと》を未だ陳べ終らざるに、我は彼等が翼をひらき、我等をとらへんとてほどなき處に來るを見たり 三四―三六
たとへば騷擾《さわぎ》に目覺めし母の、燃ゆる焔をあたりにみ、我兒をいだいてにげわしり 三七―
之を思ふこと己が身よりも深ければ、たゞ一枚の襯衣《したぎ》をさへ着くるに暇あらざるごとく、導者は忽ち我を抱き ―四二
堅き岸の頂より、次の嚢《ボルジヤ》の片側《かたがは》を閉す傾ける岩あるところに仰《あふの》きて身を投げいれぬ 四三―四五
粉碾車《こひきぐるま》をめぐらさんとて樋《ひ》をゆく水の、輻《や》にいと近き時といへどもそのはやきこと 四六―四八
侶《とも》にはあらで子の如く我をその胸に載せ、かの縁《へり》を越えしわが師にはおよばじ
その足|下《した》なる深處《ふかみ》の底にふれしころには彼等はやくも我等の上なる頂《いただき》にありき、されどこゝには恐れあるなし 五二―五四
彼等をえらびて第五の濠の僕《しべ》となせし尊き攝理は、かしこを離るゝの能力《ちから》を彼等より奪ひたればなり 五五―五七
下には我等|彩色《いろど》れる民を見き、疲れなやめる姿にて涙を流し、めぐりゆく足いとおそし 五八―六〇
彼等は型《かた》をクルーニの僧の用ゐるものにとりたる衣《ころも》を着、目の前まで垂れし帽を被《かぶ》れり 六一―六三
外《そと》は金を施したれば、みる目|眩暈《くるめ》くばかりなれども、内はみな鉛にて、その重きに比ぶればフェデリーゴの着せしは藁なり 六四―六六
あゝ永遠《とこしへ》の疲《つかれ》の衣よ、我等は心を憂き歎きにとめつゝ彼等とともにこたびもまた左にむかへり 六七―六九
されど重量《おもさ》のためこのよわれる民の歩みいとおそければ、我等は腰をうごかすごとに新なる侶をえき 七〇―七二
我乃ちわが導者に、行《おこなひ》または名によりて知らるべき者をたづね、かくゆく間目をあたりにそゝぎたまへ 七三―七五
この時|一者《ひとり》トスカーナの言《ことば》をきゝてうしろよりよばゝりいひけるは、黯《くろず》める空をわけてはせゆく者等よ、足をとゞめよ 七六―七八
おそらくは汝求むるものを我よりうくるをえん、導者乃ちかへりみて曰ふ、待て、待ちてのち彼の歩みにしたがひてすゝめ 七九―八一
我止まりて見しにふたりの者あり、我に追及ばんとてしきりに苛《いら》つ心を顏にあらはせども荷と狹き路のために後《おく》れぬ 八二―八四
さて來りて物をも言はず、目を斜《はす》にしばらく我をうちまもり、のち顏をみあはせていひけるは 八五―八七
この者喉を動かせば生けりとおもはる、また彼等死せる者ならば何の恩惠《めぐみ》により重き衣に蔽はれずして歩むや 八八―九〇
かくてまた我に曰ひけるは、幸なき僞善者の集會《つどひ》に來れるトスカーナ人《びと》よ、願はくは汝の誰なるやを告ぐるを厭ふなかれ 九一―九三
我彼等に、わが生れし處おひたちし處はともに美しきアルノの川邊《かはべ》大いなる邑《まち》なりき、また我はわが離れしことなき肉體と共にあるなり 九四―九六
されど憂ひの滴《したゝり》かく頬をくだる汝等は誰ぞや、汝等の身にかく煌《きら》めくは何の罰ぞや 九七―九九
そのひとり答へて我に曰ひけるは、拑子《かうじ》の衣《ころも》鉛にていと厚く、その重量《おもさ》かく秤《はかり》を軋《きし》ましむ 一〇〇―一〇二
我等は喜樂僧《フラーテ・ゴデンテイ》にてボローニア人なりき、我はカタラーノといひ、これなるはローデリンゴといへり、汝の邑《まち》に平和をたもたんため 一〇三―
常は一人《ひとりのひと》取らるゝ例《ならひ》なるに、我等は二人《ふたり》ながら彼處《かしこ》にとられき、我等のいかなる者なりしやは今もガルディンゴの附近《あたり》を見てしるべし ―一〇八
あゝ僧達よ、汝等の禍ひは……我かくいへるもその先をいはざりき、これ三の杙《くひ》にて地に張られし者ひとりわが目にとまれるによりてなり 一〇九―一一一
彼我を見し時、その難息《ためいき》を髯に吐き入れ、はげしくもがきぬ、僧《フラーテ》カタラーン之を見て 一一二―一一四
我に曰ふ、かしこに刺されて汝の目をひくはこれファリセイ《びと》に勸めて、民の爲にひとりの人を苛責するは善しといへる者なり 一一五―一一七
みらるゝ如く裸にて路を遮り、過ぐる者あればまづその重さを身にうけではかなはじ 一一八―一二〇
その外舅《しうと》およびジユデーア人《びと》の禍ひの種なりしほかの議員等もまた同じさまにてこの濠の中に苛責せらる 一二一―一二三
我はこの時ヴィルジリオがかくあさましく十字にはられ永久《とこしへ》の流刑《るけい》をうくるものあるをあやしめるをみたり 一二四―一二六
彼やがて僧《フラーテ》にむかひていひけるは、汝等|禁《とゞ》むるものなくば、請ふ右に口ありや我等に告げよ 一二七―一二九
我等これによりて共に此處をいで、黒き天使に強ひて來りて、この底より我等を出さしむるなきをえん 一三〇―一三二
この時彼答へて曰ひけるは、いと近き處に岩あり、大いなる圈より出でてすべてのおそろしき大溪《おほたに》の上を過ぐ 一三三―一三五
たゞこの溪の上にのみ碎けてこれを蔽はざるなり、汝等|側《かは》によこたはり底に高まる崩壞《くづれ》を踏みて上りうべし 一三六―一三八
導者しばらく首《かうべ》を垂れて立ち、さていひけるは、かなたに罪人を鐡鉤《かぎ》にかくるもの事をいつはりて我等に教へき 一三九―一四一
僧、我昔ボローニアにて鬼のよからぬことゞも多く聞きたり、彼は僞る者、僞りの父なりときけるもその一なり 一四二―一四四
かくいへる時導者は顏に少しく怒りをうかべ、足をはやめて去り行けり、されば我また重荷を負ふ者等とわかれ 一四五―一四七
ゆかしき蹠《あしうら》の趾を追へりき 一四八―一五〇
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第二十四曲
一年《ひとゝせ》未だうらわかく、日は寶瓶宮裏に髮をとゝのへ、夜はすでに南にむかひ 一―三
霜は白き姉妹《いも》の姿を地に寫せども、筆のはこびの長く續きもあへぬころ 四―六
貯藏《たくはへ》盡きしひとりの農夫、おきいでゝながむるに、野は悉く白ければ、その腰をうちて 七―九
我家《わがや》にかへり、かなたこなたに呟《つぶや》くさまさながら幸なき人のせんすべしらぬごとくなれども、のち再びいづるにおよびて 一〇―
世の顏|束《つか》の間にかはれるを見、あらたに望みを呼び起してつゑをとり、小羊を追ひ牧場にむかふ ―一五
かくの如く師はその額に亂《みだれ》をみせて我をおそれしめ、またかくの如く痛みはたゞちに藥をえたりき 一六―一八
そは我等壞れし橋にいたれる時、導者はわがさきに山の麓に見たりし如きうるはしき氣色《けしき》にてわがかたにむかひたればなり 一九―二一
かれまづよく崩壞《くづれ》をみ、心に思ひめぐらして後その腕《かひな》をひらきて我をかゝへ 二二―二四
且つ行ひ且つ量り常に預め事に備ふる人の如く我を一の巨岩《おほいは》の頂《いただき》に上げつゝ 二五―
目をほかの岩片《いはくづ》にとめ、これよりかの岩に縋《すが》るべし、されどまづその汝を支へうべきや否やをためしみよといふ ―三〇
こは衣を着し者の路にはあらじ、岩より岩を上りゆくは我等(彼輕く我押さるゝも)にだに難きわざなりき 三一―三三
若しこの堤の一側《かたがは》對面《むかひ》の側《かは》より短かゝらずば、彼のことはしらねど、我は全く力盡くるにいたれるなるべし 三四―三六
されどマーレボルジェはみないと低き坎《あな》の口にむかひて傾くがゆゑに、いづれの溪もそのさまこの理にもとづきて 三七―三九
彼岸《かのきし》高く此岸ひくし、我等はつひに最後の石の碎け散りたる處にいたれり 四〇―四二
上り終れる時はわが氣息《いき》いたく肺より搾《しぼ》られ、我また進むあたはざれば、着くとひとしくかしこに坐れり 四三―四五
師曰ひけるは、今より後汝つとめて怠慢《おこたり》に勝たざるべからず、夫れ軟毛《わたげ》の上に坐し、衾《ふすま》の下に臥してしかも美名《よきな》をうるものはなし 四六―四八
人これをえず徒《いたづら》にその生命《いのち》を終らば地上に殘すおのが記念《かたみ》はたゞ空《そら》の烟《けぶり》水の泡抹《うたかた》のみ 四九―五一
此故に起きよ、萬《よろづ》の戰ひに勝つ魂もし重き肉體と共になやみくづほるゝにあらずば之をもて喘《あへぎ》に勝て 五二―五四
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