―九九
我、師よ、汝の陳ぶること我にあきらかに、善くわが信をえたり、さればいかなる異説出づとも我には消えし炭に過ぎじ 一〇〇―一〇二
されど我に告げよ、汝は歩みゆく民の中に心をとむべきものを見ずや、そはわが思ひたゞこの事にのみむかへばなり 一〇三―一〇五
この時彼我に曰ふ、髯を頬より黯《くろず》める肩に垂るゝものはギリシアに男子なく 一〇六―一〇八
搖籃滿つるにいたらざりし頃の卜者にて、カルカンタと共にアウリーデに最初の纜《ともづな》解かるべき時を卜せり 一〇九―一一一
彼名をエウリピロといひき、わが高き悲曲の調《しらべ》はいづこにか彼をかく歌へることあり、汝この詩を知り盡せばまたよくこの事を知らん 一一二―一一四
雙脇《もろわき》いたく痩せたるはミケーレ・スコットといひ、惑はし欺く無益《むやく》の術《わざ》にまことに長けし者なりき 一一五―一一七
見よグイード・ボナッティを、見よアスデンテを(彼革と絲とに心をむけし事を願ひ今悔ゆれどもおそし) 一一八―一二〇
針、杼《ひ》、紡錘《つむ》を棄てゝ卜者となりし幸なき女等を見よ、彼等は草と偶人《ひとがた》をもてその妖術を行へり 一二一―一二三
されどいざ來れ、カイーノと茨《いばら》は既に兩半球の境を占め、ソビリアのかなたの波に觸る 一二四―一二六
昨夜既に月は圓かりき、こは低き林の中にてしば/\汝に益をえさせしものなれば汝いかでか忘るべき 一二七―一二九
かく彼我に語り、語る間も我等は歩めり 一三〇―一三二
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   第二十一曲

このほかわが喜曲《コメディア》の歌ふを好まざる事どもかたりつゝ、かく橋より橋にゆき、頂《いたゞき》にいたるにおよびて 一―三
我等はマーレボルジェなる次の罅裂《われめ》と次の空しき歎きを見んとてとゞまれり、我見しにこの處あやしく暗かりき 四―六
たとへば冬の日ヴェネーツィア人の船廠《アールセーナ》に、健《すこや》かならぬ船を塗替へんとて、粘《ねば》き脂《やに》煮ゆるごとく 七―九
(こは彼等海に浮ぶをえざるによる、すなはち之に代へてひとりは新《あらた》に船を造り、ひとりはあまたの旅をかさねし船の側《わき》を塞ぎ 一〇―一二
ひとりは舳《へさき》ひとりは艫《とも》に釘うち、彼櫂を造り是綱を縒《よ》り、ひとりは大小の帆を繕《つくら》ふ) 一三―一五
下には濃き脂《やに》火によらず神の技《みわざ》によりて煮え、岸いたるところこれに塗《まみ》れぬ 一六―一八
我之を見れども、煮られて浮ぶ泡の外には一としてその中に見ゆる物なく、たゞこの脂の一面に膨れいでゝはまた引縮むさまをみるのみ 一九―二一
われ目を凝らして見おろしゐたるに、あれ見よあれ見よといひてわが導者わが立處《たちど》より我をひきよす 二二―二四
しきりに見んことをねがへども、そは逃げて避くべきものにしあれば、俄におそれていきほひ挫《くじ》け 二五―
見るまも足を止めざる人の如く、われ身を返して後方《うしろ》をみしに石橋をわたりてはせきたれる一の黒き鬼ありき ―三〇
あゝその姿猛きこといかばかりぞや、翼ひらかれ足かろきその身の振舞あら/\しきこといかばかりぞや 三一―三三
尖りて高きその肩には、ひとりの罪人《つみびと》の腰を載せ、その足頸《あしくび》をかたく握れり 三四―三六
橋の上よりいふ、あゝマーレブランケよ、見よ聖チタのアンチアンの一人を、汝等彼を沈むべし、我は再びかの邑《まち》に歸らん 三七―
かの處には我よくかゝる者を備へおきたり、さればボンツーロの他《ほか》、汚吏ならぬものなく、否も錢のために然りに代へらる ―四二
かくいひて彼を投げいれ堅き石橋をわたりてかへれり、繋《つなぎ》はなれし番犬《ばんいぬ》の盜人を追ふもかく疾《はや》からじ 四三―四五
彼沈み、背を高くして再び浮べり、されど橋を戴ける鬼共叫びていひけるは、聖顏《サント・ヴオルト》もこゝには益なし 四六―四八
こゝに泳ぐはセルキオに泳ぐと異なる、此故に我等の鐡搭《くまで》好ましからずばこの脂の上にうくなかれ 四九―五一
かくて彼等は彼を百餘の鐡鉤《かぎ》に噛ませ、こゝは汝のかくれて踊る處なれば、盜みうべくば目を掠《かす》めてなせといふ 五二―五四
厨夫《ちゆうふ》が庖仕《ばうじ》に肉叉《にくさし》をもて肉を鍋の眞中《まなか》に沈めうかぶことなからしむるもこれにかはらじ 五五―五七
善き師我に曰ふ、汝は汝のこゝにあること知られざるため、岩の後《うしろ》にうづくまりておのが身を掩へ 五八―六〇
またいかなる虐《しひたげ》わが身に及ぶも恐るゝなかれ、さきにもかゝる爭ひにのぞめることあれば我よくこれらの事を知る 六一―六三
かくいひて橋をわたりてかなたにすゝめり、げにそのさわがぬ氣色《けしき》をみすべきは彼が第六の岸にいたれる時
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