轤驕Tなり、黒の白にかはるは刪除せらるゝなり
五二―五四
【この光のなかにて】即ちわが衷《うち》にて
【淑女】ベアトリーチェ
五五―五七
【第一の思ひ】一切の思ひの本源なる神
【一なる】一なる數、發して他の凡ての數となり、他の凡ての數皆一に歸す、ゆゑに一を知るは他の凡ての數を知るなり。かくの如くわれら聖徒は絶對の一にして一切の思ひの源なる神を視るにより、よく人の思ふ所を知るをうるなり
【五と六】一以外の數をいふ、定數をもて不定數を表はせるなり
六一―六三
【大いなるも】天上の聖徒達はその享くる福に多少あれども、いづれも神(鏡[#「鏡」に白丸傍点])によりて、人の思ふ所を知る
六四―六六
わが聖なる愛は我をしてたえず神を視しめ、また常に善き願ひを起さしむ、汝問はざるも我既に汝の疑ひを知り、汝謂はざるも、愛我をして答へしむ、されど汝口づから汝の願ひを言現はさばわが愛是によりていよ/\滿足するにいたらむ
七〇―七二
【一の徴を與へ】オックスフォード版によれり、異本「ほゝゑみて肯ひ」
七三―七五
以下八四行まで、天上にては智よく情に伴ひ思ひを言現はすこと自由なれども、人間にありては然らず、ゆゑにカッチアグイーダに對し言葉の感謝をさゝぐる能はざるよしをいへり
【第一の平等者】神。その力、知慧、愛皆無限なり
【汝等に現はるゝや】汝等天堂にて神を見るに及び
七六―七八
【日輪】神。愛の熱にて暖め智の光にて照らしたまふ
七九―八一
【理由】人間にかゝる制限ある理由は地上の我等の知らざるところ
八五―八七
【寶】十字架
九一―九三
【家族の名】アリギエーリ
【第一の臺】淨火の第一圈、即ち傲慢の罪を淨むるところ
【百年餘】ダンテの曾祖父アリギエーロ(アルディギエーロ)の死より一三〇〇年までの間
されどアリギエーロが一二〇一年の八月に猶生存しゐたるてと記録に存すといへば、ダンテ自ら彼の死せる年を知らざりしなるべし
【者】前記アリギエーロ
九四―九六
【業】祈り。汝彼の爲に祈りてはやく天に昇るの福をえしめよ(淨、一一・二四―六參照)
九七―九九
以下昔のフィレンツェの平安にして幸福なりし有樣を告ぐ
【昔の城壁】ローマ時代の城壁。これが改築は一一七二年頃の事なりといふ
【鐘】城壁に接して「バディーア」と稱するベネデクト派の僧院あり、その鐘時を報じたるなり、ダンテの時代にては城壁は改まりたれども僧院はなほ舊の處にありきといふ
第三時(午前六時より九時まで)の鐘はその終り即ち午前九時に鳴り、第九時(正午より午後三時まで)の鐘はその始め即ち正午に鳴りしなり、ゆゑに淨、二七・四にはnonaを正午の意に用ゐたり。但しこの二つの時に限れるにはあらず
一〇〇―一〇二
【索】catenella 金銀等の鎖にて頸飾りに用ゐしもの
【冠】corona 金銀眞珠の類を用ゐて作れる頭飾
【飾れる沓を穿く】contigiate 或ひは、「はなやかに飾れる」
一〇三―一〇五
【その婚期その聘禮】ダンテ時代にては女甚だ若くして嫁しかつ莫大なる持參金を要せりといふ
一〇六―一〇八
【人の住まざる家】家族小なるに關はらず、虚榮の爲、みつばよつばに殿づくりすること
【サルダナパロ】サルダナパロス。前七世紀のアッシリア王、奢侈柔弱を以て名高し。彼の來らざるはかゝる惡風未だフィレンツェに入らざるなり。「室の内にて爲らるゝこと」とは室内に金銀珠玉を列ね綺羅を飾ること
一〇九―一一一
當時フィレンツェはその華美なるにおいてローマに若《し》かざりしが後これを凌ぐにいたれり、されど今華美においてローマにまさる如く、この後廢頽の度においてもまたこれにまさるべし
【ウッチェルラトイオ】フィレンツェ附近の山。ボローニアより來る旅客こゝに到りてまづフィレンツェを望む
【モンテマーロ】今、モンテ・マーリオ。ローマ附近の山。ヴィテルボより來る旅客こゝに到りてまづローマを望む
一一二―一一四
【ベルリンチオーン・ベルティ】フィレンツェの貴族ラヴィニアーニ家の人にてかの「善きグアルドラーダ」(地、一六・三七)の父なり(十二世紀)
【骨】締金用の骨
一一五―一一七
【ネルリ、ヴェッキオ】倶にフィレンツェの貴族
【皮のみの衣】pelle scoperta(蔽はぬ皮)、表や裏を附けずして皮そのまゝを衣とせるもの
【麻】pennecchio 麻、羊毛等すべて竿にかけて紡ぐもの
一一八―一二〇
【その墓に】黨派の爭ひ等により追放せられて異郷の土に葬らるゝの恐なきをいふ
【フランスの】通商貿易のため夫異國に旅して妻獨り空閨を守ること
特にフランスを擧げたるは、十三・四世紀の頃フィレンツェの人々おもにかの國に行きて交易したればなり(カーシーニ)
一二一―一二三
【言】小兒の言語。親は子供の片言《かたこと》を聞きてまづ喜び、後これを眞似て子供をあやし眠らしむ
乳母なく侍女なく、名門の主婦自ら搖籃の傍にありてその幼兒を愛撫する質素の美風を擧げしなり
一二四―一二九
【トロイア人、フィエソレ、ローマ】いづれもフィレンツェ市の起原に密接の關係あれば、特によろこびてこれらの物語を聞きたるならむ。フィエソレについては地、一五・六一――三註參照
【チアンゲルラ】ダンテと時代を同うせるフィレンツェの女。惡女の典型としてこゝに
【ラーポ・サルテレルロ】不徳なるフィレンツェの状師、ダンテと同時代の人にてかつ彼と同時にフィレンツェより追放されし者
【チンチンナート】クインティウス(天、六・四六―八註參照)、質樸誠實の典型
【コルニーリア】グラックス兄弟の母(地、四・一二七――三二註參照)
【いと異しと】その頃惡人の極めて少かりしこと今善人の極めて稀《まれ》なるに似たり
一三三―一三五
【マリア】わが母産の苦しみに臨み聖母の名を唱へてその助けを求め(淨、二〇・一九―二一參照)、我を生みたり
【昔の授洗所】聖ジョヴァンニの洗禮所(地、一九・一六―二一參照)。その起原は七八世紀の昔に遡るといふ
【カッチアグイーダとなり】洗禮を受けてキリスト教徒となると同時にカッチアグイーダと名づけられしなり
『神曲』以外カッチアグイーダの事蹟を傳ふるものなし
一三六―一三八
【モロントとエリゼオ】傳不詳
【ポーの溪】フェルラーラ(ポー河附近の町)のアルディギエーリ家のことなりといふ、されど異説ありて明らかならず
一三九―一四一
【クルラード】ホーエンシュタウフェン家のコンラッド三世(一一五二年死)。一一四七年フランス王ルイ七世とともに第二十字軍を率ゐて聖地に入りしが軍利あらずして國に歸れり
一四二―一四四
【牧者達の過のため】法王等意を用ゐざるため(天、九・一二四―六參照)
【汝等の領地】當然キリスト教徒に屬すべき聖地
【人々】サラセン人
【律法】宗教


    第十六曲

カッチアグイーダ、ダンテの請ひに應じてさらにフィレンツェの昔譚をなす
一―九
ダンテはカッチアグイーダの物語を聞きその祖先にかくの如き人あるを知りて自ら誇りを感じたれば、即ちこゝにこれを自白しかつ氏素姓その物の價値甚だ少きことをいへり
【情の衰ふ】世人の情は健全ならず弱くして迷ひ易し、ゆゑに眞に愛すべきものを愛せず、その誇りを氏素姓の如きに求む。
【逸れざる】虚僞の幸に向はず、常に眞の幸を求むる
迷ひなき天たありてさへ、われこの小《さゝや》かなる尊さに誇りを感じたれば、迷ひ多き世の人のこれに誇るも異しむ足らず
【衣】血統《ちすぢ》の尊さは美しき衣の如し、されど時なるもの鋏をもてたえずこの衣を斷ちこれを短うするが故に日に日に補ふにあらざれば身の飾りとなし難し(祖先の誇りも子孫の徳に補はれざれは永く保たじ)
一〇―一二
【ヴォイ】複數代名詞の voi(汝等)を單數代名詞 tu(汝)の代りに用ゐて敬意をあらはす。ローマ人がかく一人に對して複數代名詞を用ゐしことはまことは三世紀に始まれるなれど、かれらがカエサルに對してかゝる敬語を用ゐしをその濫觴とすとの説中古一般に信ぜられきといふ
前曲にてはダンテ、カッチアグイーダにむかひて tu の變化なる te(八五行)を用ゐたり。また『神曲』中ダンテがこの敬語(即ちヴォイ)を用ゐし例はブルネット・ラティーニ及びベアトリーチェに對せる場合に見ゆるのみ、但しこの語の變化を用ゐし例はその他にもあり
【その族の中にて】註釋者曰。他のイタリアの市民間にはこの複數の敬語今猶多く用ゐらるれどもローマの市民最も多く tu を用ふと
一三―一五
【ジネーヴラ】ギニヴァー(地、五・一二七以下參照)
【女】王妃ギニヴァーの侍女。ランスロットと王妃の戀を知り、咳《しはぶ》きしてこの咎を知れるを示せり。猶ダンテがその語《ことば》を改むるほど祖先に誇りを感ずるを見、世人共通の弱點に對してベアトリーチェの微笑せるに似たり
但し「最初の咎」の意明らかならず、ダンテが讀みたりと信ぜらるゝ『ランスロット物語』Lancelot du Lac によれば侍女の咳せしは王妃とランスロットとの睦言に對してなり(トインビー博士の『ダンテ考』Dante Studies and Researches にフランスの原文とその英譯と出づ)、されどダンテの記憶に誤りありきとも將又《はたまた》技巧の上より特に多少の變改を施せりとも解せられざるにあらざれは、從來の説に從つてかのふたりの間の接吻と見なすを妨げじ、パッセリーニ伯(一九一八年版註)は後記を採れり
一六―一八
【汝】原文には voi の語三たび出づ
一九―二一
【多くの流れにより】汝の言を聞き、さま/″\の原因により
【壞れず】人間の受くるをうる悦びには限りありて、その度を超ゆればかへつて心亂るゝ習なるに、今かゝる嬉しさに堪へて敢て壞れざるは即ち心其物の強き證左なれば心自らこれをよろこぶ
二二―二四
【汝童なりし時、年は】汝は何年に生れたりや
二五―二七
【聖ジョヴァンニの羊の圈】フィレンツェ、バプテスマのヨハネの守護の下にありたればかく(地、一三―一四二―四並びに註參照)。圈の大いさを問ふはその人口を聞くなり
二八―三〇
【輝く】問に答ふる喜びのため
三一―三三
【近代の】カッチアグイーダはその時代のフィレンツェの言葉を用ゐしと見ゆ
三四―三六
以下三九行まで第二問の答
【アーヴェのいはれし日】天使が聖子の降誕を聖母に告知しゝ日、換言すればキリストの降誕、よりわが生れし日までに。アヴェ(幸あれ)は天使ガブリエルの會釋の詞(淨、一〇・三四以下參照)
三七―三九
千九十年餘の歳月を經たり
【この火】火星。プトレマイオスの説に從へば火星は六百八十七日弱にてその一周を終ふ、故にその五百八十周を年數に換算すれば千九十一年餘となり、カッチアグイーダの生れし年千九十一年を得(ムーアの、『ダンテ研究』第三卷五九―六〇頁參照)
【己が獅子の】獅子宮に入ること。特にこの天宮を指せるは火星即ち軍神マルテに猛獸を配せんためなり、兩者の性向相通ずるがゆゑに己が[#「己が」に白丸傍点]といへり
四〇―四二
以下四五行まで第一問の答
【年毎の競技】バプテスマのヨハネの祭日(六月二十四日)に行はれし競馬
【區劃】sesto 昔フィレンツェ市を六區に分てるが故に各區を sesto(sestiere)といふ。最後の區劃は競馬の決勝點に最も近き處にてこの區をポルタ・サン・ピエーロといへり
註釋者日く。競技者は西方より町を横切りてその東端ポルタ・サン・ピエーロにいたる、さればこの區の中競技者の最初に見る處は即ちその西境なり、こゝはエリゼイ家の邸宅ありしところなればアリギエーリ家とエリゼイ家(天、一五・一三六)と親戚なりしこと知らると
四三―四五
【これを】エリゼイ家の邸宅ありしあたりはフィレンツェの舊家の多かりし處なれば、かしこに住めることを聞きて
【言はざるを】言ふは誇る所良なれは
四六―四八
第三問の答。常時フィレンツェの人口は一三〇〇年における同市の人口の五分一なりしを告ぐ
【マルテと洗禮者との間】マルテ(ギリシアにてはアレス)の像あるポンテ・ヴェッキオ(地、一三・一四五―七並びに
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