ゝその姿にて見む。 四三―四五
俄に閃《ひらめ》く電光《いなづま》が、物見る諸※[#二の字点、1−2−22]の靈を亂し、いと強き物の與ふる作用《はたらき》をも目より奪ふにいたるごとく 四六―四八
生くる光わが身のまはりを照らし、その輝《かゞやき》の面※[#「巾+白」、第4水準2−8−83]《かほおほひ》をもて我を卷きたれば、何物も我に見えざりき 四九―五一
この天をしづむる愛は、常にかゝる會釋《ゑしやく》をもて己が許《もと》に歡《よろこ》び迎ふ、これ蝋燭をその焔に適《ふさ》はしからしめん爲なり。 五二―五四
これらのつゞまやかなる言葉わが耳に入るや否や、我はわが力の常よりも増しゐたるをさとりき 五五―五七
しかして新しき視力わが衷《うち》に燃え、いかなる光にてもわが目の防ぎえざるほど燦《あざ》やかなるはなきにいたれり 五八―六〇
さて我見しに、河のごとき形の光、妙《たへ》なる春をゑがきたる二つの岸の間にありていとつよく輝き 六一―六三
この流れよりは、諸※[#二の字点、1−2−22]の生くる火出でゝ左右の花の中《なか》に止まり、さながら紅玉《あかだま》を黄金《こがね》に嵌《はさ》むるに異ならず 六四―六六
かくて香に醉へるごとく再び奇《く》しき淵に沈みき、しかして入る火と出づる火と相亞《あひつ》げり 六七―六九
汝が見る物のことを知らんとて今汝を燃しかつ促《うなが》す深き願ひは、そのいよ/\切なるに從ひいよ/\わが心に適《かな》ふ 七〇―七二
されどかゝる渇《かわき》をとゞむるにあたり、汝まづこの水を飮まざるべからず。わが目の日輪かく我にいひ 七三―七五
さらに加ふらく。河、入り出る諸※[#二の字点、1−2−22]の珠《たま》、及び草の微笑《ほゝゑみ》は、その眞状《まことのさま》を豫《あらかじ》め示す象《かたち》なり 七六―七八
こはこれらの物その物の難《かた》きゆゑならず、汝に缺くるところありて視力未ださまで強からざるによる。 七九―八一
常よりもいと遲く目を覺しゝ嬰兒《をさなご》が、顏を乳の方《かた》にむけつゝ身を投ぐる疾《はや》ささへ 八二―八四
目をば優《まさ》る鏡とせんとてわがかの水(人をしてその中《なか》にて優れる者とならしめん爲流れ出《いづ》る)の方《かた》に身を屈《かゞ》めしその早さには如《し》かじ 八五―八七
しかしてわが瞼《まぶた》の縁《ふち》この水を飮める刹那《せつな》に、その長き形は、變りて圓《まる》く成ると見えたり 八八―九〇
かくてあたかも假面《めん》を被《かう》むれる人々が、己を隱しゝ假《かり》の姿を棄つるとき、前と異なりて見ゆる如く 九一―九三
花も火もさらに大いなる悦びに變り、我はあきらかに二組の天の宮人《みやびと》達を見たり 九四―九六
あゝ眞《まこと》の王國の尊き凱旋を我に示せる神の輝よ、願はくは我に力を與へて、わがこれを見し次第を言はしめよ 九七―九九
かしこに光あり、こは造主《つくりぬし》をばかの被造物《つくられしもの》即ち彼を見るによりてのみその平安を得る物に見えしむる光にて 一〇〇―一〇二
その周邊《まはり》を日輪の帶となすとも緩《ゆる》きに過ぐと思はるゝほど廣く圓形《まるがた》に延びをり 一〇三―一〇五
そが見ゆるかぎりはみな、プリーモ・モービレの頂より反映《てりかへ》す一線《ひとすぢ》の光(かの天この光より生命《いのち》と力とを受く)より成る 一〇六―一〇八
しかして邱《をか》が、?草《あをくさ》や花に富める頃、わが飾れるさまを見ん爲かとばかり、己が姿をその麓《ふもと》の水に映《うつ》すごとく 一〇九―一一一
すべてわれらの中《うち》天に歸りたりし者、かの光の上にありてこれを圍《かこ》み繞《めぐ》りつゝ、千餘の列より己を映《うつ》せり 一一二―一一四
そのいと低き階《きだ》さへかく大いなる光を己が中に集むるに、花片《はなびら》果るところにてはこの薔薇の廣さいかばかりぞや 一一五―一一七
わが視力《みるちから》は廣さ高さのために亂れず、かの悦びの量と質とをすべてとらへき 一一八―一二〇
近きも遠きもかしこにては加へじ減《ひ》かじ、神の親しくしろしめし給ふ處にては自然の法《のり》さらに行はれざればなり 一二一―一二三
段《きだ》また段と延びをり、とこしへに春ならしむる日輪にむかひて讚美の香《か》を放つ無窮の薔薇の黄なるところに 一二四―一二六
ベアトリーチェは、あたかも物言はんと思ひつゝ言はざる人の如くなりし我を惹行《ひきゆ》き、さて曰《いひ》けるは。見よ白衣《びやくえ》の群《むれ》のいかばかり大いなるやを 一二七―一二九
見よわれらの都のその周圍《まはり》いかばかり廣きやを、見よわれらの席の塞《ふさが》りて、この後こゝに待たるゝ民いかばかり數少きやを 一三〇―一三二
かの大いなる座、即ちその上にはや置かるゝ冠の爲汝が目をとむる座には、汝の未だこの婚筵《こんえん》に連《つらな》りて食せざるさきに 一三三―一三五
尊きアルリーゴの魂(下界に帝となるべき)坐すべし、彼はイタリアを直くせんとてその備へのかしこに成らざる先に行かむ 一三六―一三八
汝等は無明の慾に迷ひ、あたかも死ぬるばかりに饑《う》ゑつゝ乳母《めのと》を逐ひやる嬰鬼《をさなご》の如くなりたり 一三九―一四一
しかして顯《あらは》にもひそかにも彼と異なる道を行く者、その時神の廳《つかさ》の長《をさ》たらむ 一四二―一四四
されど神がこの者に聖なる職《つとめ》を許し給ふはその後たゞ少時《しばし》のみ、彼はシモン・マーゴの己が報いをうくる處に投げ入れられ 一四五―一四七
かのアラーエア人《びと》をして愈※[#二の字点、1−2−22]深く沈ましむべければなり。 一四八―一五〇
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   第三十一曲

クリストの己が血をもて新婦《はなよめ》となしたまへる聖軍は、かく純白の薔薇の形となりて我に現はれき 一―三
されど殘の一軍《ひとて》(これが愛を燃すものゝ榮光と、これをかく秀でしめし威徳とを、飛びつゝ見かつ歌ふところの)は 四―六
蜂の一|群《むれ》が、或時は花の中に入り、或時はその勞苦の味《あぢ》の生ずるところに歸るごとく 七―九
かのいと多くの花片《はなびら》にて飾らるゝ大いなる花の中にくだり、さて再びかしこより、その愛の常に止まる處にのぼれり 一〇―一二
かれらの顏はみな生くる焔、翼は黄金《こがね》にて、その他《ほか》はいかなる雪も及ばざるまで白かりき 一三―一五
席より席と花の中にくだる時、かれらは脇を扇《あふ》ぎて得たりし平和と熱とを傳へたり 一六―一八
またかく大いなる群《むれ》飛交《とびかは》しつゝ上なる物と花の間を隔《へだ》つれども、目も輝もこれに妨げられざりき 一九―二一
そは神の光宇宙をばその功徳に準じて貫《つらぬ》き、何物もこれが障礙《しょうがい》となることあたはざればなり 二二―二四
この安らけき樂しき國、舊《ふる》き民新しき民の群居《むれゐ》る國は、目をも愛をも全く一の目標《めあて》にむけたり 二五―二七
あゝ唯一《たゞひとつ》の星によりてかれらの目に閃きつゝかくこれを飽かしむる三重《みへ》の光よ、願はくはわが世の嵐を望み見よ 二八―三〇
未開の人々、エリーチェがその愛兒《いとしご》とともにめぐりつゝ日毎《ひごと》に蔽《おほ》ふ方《かた》より來り 三一―三三
ローマとそのいかめしき業《わざ》――ラテラーノが人間の爲すところのものに優れる頃の――とを見ていたく驚きたらんには 三四―三六
人の世より神の世に、時より永劫に、フィオレンツァより、正しき健《すこや》かなる民の許《もと》に來れる我 三七―三九
豈《あに》いかばかりの驚きにてか滿されざらんや、げに驚きと悦びの間にありて、我は聞かず言はざるを願へり 四〇―四二
しかして巡禮が、その誓願をかけし神殿《みや》の中にて邊《あたり》を見つゝ心を慰め、はやその状《さま》を人に傳へんと望む如く[#四二]
我は目をかの生くる光に馳せつゝ、諸※[#二の字点、1−2−22]の段《きだ》に沿《そ》ひ、或ひは上或ひは下或ひは周圍《まはり》にこれを移し 四六―四八
神の光や己が微笑《ほゝゑみ》に裝《よそ》はれ、愛の勸《すゝ》むる諸※[#二の字点、1−2−22]の顏と、すべての愼《つゝしみ》にて飾らるゝ諸※[#二の字点、1−2−22]の擧動《ふるまひ》とを見たり 四九―五一
おしなべての天堂の形をわれ既に悉く認めたれど、未だそのいづれのところにも目を据《す》ゑざりき 五二―五四
かくて新しき願ひに燃され、我はわが心に疑ひをいだかしめし物につきてわが淑女に問はんため身をめぐらせるに 五五―五七
わが志《こゝろざ》しゝ事我に臨《のぞ》みし事と違へり、わが見んと思ひしはベアトリーチェにてわが見しは一人《ひとり》の翁《おきな》なりき、その衣は榮光の民の如く 五八―六〇
目にも頬にも仁愛の悦びあふれ、その姿は、やさしき父たるにふさはしきまで慈悲深かりき 六一―六三
彼|何處《いづこ》にありや。我は直にかく曰《い》へり、是においてか彼。汝の願ひを滿さんためベアトリーチェ我をしてわが座を離れしむ 六四―六六
汝仰ぎてかの最高《いとたか》き段《きだ》より第三に當る圓を見よ、さらば彼をその功徳によりてえたる寶座《くらゐ》の上にて再び見む。 六七―六九
我答へず、目を擧げて淑女を見しに、永遠《とこしへ》の光彼より反映《てりかへ》しつゝその冠となりゐたり 七〇―七二
人の目いかなる海の深處《ふかみ》に沈むとも、雷《いかづち》の鳴るいと高きところよりその遠く隔《へだ》たること 七三―七五
わが目の彼處《かしこ》にてベアトリーチェを離れしに及ばじ、されど是我に係《かゝはり》なかりき、そはその姿|間《あひだ》に混《まじ》る物なくしてわが許《もと》に下りたればなり 七六―七八
あゝわが望みを強うする者、わが救ひのために忍びて己が足跡《あしあと》を地獄に殘すにいたれる淑女よ 七九―八一
わが見しすべての物につき、我は恩惠《めぐみ》と強さとを汝の力汝の徳よりいづと認む 八二―八四
汝は適《ふさ》はしき道と方法《てだて》とを盡し、我を奴僕《ぬぼく》の役《つとめ》より引きてしかして自由に就かしめぬ 八五―八七
汝の癒《いや》しゝわが魂が汝の意《こゝろ》にかなふさまにて肉體より解かるゝことをえんため、願はくは汝の賜をわが衷《うち》に護《まも》れ。 八八―九〇
我かく請《こ》へり、また淑女は、かのごとく遠しと見ゆる處にてほゝゑみて我を視《み》、その後|永遠《とこしへ》の泉にむかへり 九一―九三
聖なる翁曰ふ。汝の覊旅《たびぢ》を全うせんため(願ひと聖なる愛とはこのために我を遣《つか》はしゝなりき) 九四―九六
目を遍《あまね》くこの園の上に馳《は》せよ、これを見ば汝の視力は、神の光を分けていよ/\遠く上《のぼ》るをうるべければなり 九七―九九
またわが全く燃えつゝ愛する天の女王、われらに一切の恩惠《めぐみ》を與へむ、我は即ち彼に忠なるベルナルドなるによりてなり。 一〇〇―一〇二
わがヴェロニカを見んとて例《たと》へばクロアツィアより人の來ることあらんに、久しく傳へ聞きゐたるため、その人|飽《あ》くことを知らず 一〇三―一〇五
これが示さるゝ間、心の中にていはむ、わが主ゼス・クリスト眞神《まことのかみ》よ、さてはかゝる御姿《おんすがた》にてましましゝかと 一〇六―一〇八
現世《このよ》にて默想のうちにかの平安を味へる者の生くる愛を見しとき、我またかゝる人に似たりき 一〇九―一一一
彼曰ふ。恩惠《めぐみ》の子よ、目を低うして底にのみ注ぎなば、汝この法悦の状《さま》を知るをえじ 一一二―一一四
されば諸※[#二の字点、1−2−22]の圈を望みてそのいと遠きものに及べ、この王國の從ひ事へまつる女王の、坐せるを見るにいたるまで。 一一五―一一七
われ目を擧げぬ、しかしてたとへば朝《あした》には天涯の東の方《かた》が、日の傾く方にまさるごとく 一一八―一二〇
我は目にて(溪より山は行くかとばかり)縁《ふち
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