ざりき、是においてかわが願ひに背《そむ》き我は問はざるを可《よし》とせり 四六―四八
是時淑女、萬物を見る者に照らして、わが默《もだ》す所以《ゆゑん》を見、汝の熱き願ひを解くべしと我にいふ 四九―五一
我即ち曰ひけるは。わが功徳は我をして汝の答を得しむるに足らず、されど問ふことを我に許す淑女の故によりて請ふ 五二―五四
己が悦びの中にかくるゝ尊き生命《いのち》よ、汝いかなればかくわが身に近づけるやを我に知らせよ 五五―五七
また天堂の妙《たへ》なる調《しらべ》が、下なる諸※[#二の字点、1−2−22]の天にてはいとうや/\しく響くなるに、この天にてはいかなれば默《もだ》すやを告げよ。 五八―六〇
答へて我に曰ふ。汝の耳は目の如く人間のものなるがゆゑに、ベアトリーチェの微笑《ほゝゑ》まざると同じ理によりてこゝに歌なし 六一―六三
聖なる梯子《はしご》の段《きだ》を傳ひてわがかく下れるは、たゞ言《ことば》とわが纏《まと》ふ光とをもて汝を喜ばしめんためなり 六四―六六
またわが特《こと》に早かりしも愛の優《まさ》る爲ならじ、汝に焔の現はす如く、優《まさ》るかさなくも等しき愛かしこに高く燃ゆればなり 六七―六九
たゞ我等をば宇宙を治め給ふ聖旨《みむね》の疾《と》き僕《しもべ》となす尊き愛ぞ、汝の視るごとく、こゝにて鬮《くじ》を頒《わか》つなる。 七〇―七二
我|曰《い》ふ。聖なる燈火《ともしび》よ、我よく知る、この王宮にては、永遠《とこしへ》の攝理に從ふためには自由の愛にて足ることを 七三―七五
されど何故に汝の侶《とも》を措《お》き汝ひとり豫《あらかじ》め選ばれてこの職《つとめ》を爲すにいたれるや、これわが悟り難《がた》しとする所なり。 七六―七八
わが未だ最後《をはり》の語《ことば》をいはざるさきに、かの光は己が眞中《まなか》を中心として疾《と》き碾石《ひきうす》の如くめぐりき 七九―八一
かくして後そのうちの愛答ふらく。我を包む光を貫いて神の光わが上にとゞまり 八二―八四
その力わが視力《みるちから》と結合《むすびあ》ひつゝ我をはるかに我より高うし、我をしてその出る處なる至高者《いとたかきもの》を見るをえしむ 八五―八七
この見ることこそ我を輝かす悦びの本《もと》なれ、そはわが目の燦《あざや》かなるに從ひ、焔も燦かなればなり 八八―九〇
されどいと強く天にかゞやく魂も、目をいとかたく神にとむるセラフィーノも、汝の願ひを滿すをえじ 九一―九三
これ汝の尋ぬる事は永遠《とこしへ》の定《さだめ》の淵深きところにありて、凡ての造られし目を離るゝによる 九四―九六
汝歸らばこれを人の世に傳へ、かゝる目的《めあて》にむかひて敢《あへ》てまた足を運ぶことなからしむべし 九七―九九
こゝにては光る心も地にては烟《けぶ》る、是故に思へ、天に容《い》れられてさへその爲すをえざる事をいかで下界に爲しえんや。 一〇〇―一〇二
これらの言葉我を控《ひか》へしめたれば、我はこの問を棄て、自ら抑《ひか》へつゝたゞ謙《へりくだ》りてその誰なりしやを問へり 一〇三―一〇五
イタリアの二の岸の間、汝の郷土《ふるさと》よりいと遠くはあらざる處に雷《いかづち》の音遙に下に聞ゆるばかり高く聳ゆる岩ありて 一〇六―一〇八
一の峰を成す、この峰カートリアと呼ばれ、これが下にはたゞ禮拜《らいはい》の爲に用ゐる習なりし一の庵《いほり》聖《きよ》めらる。 一〇九―一一一
かの者|三度《みたび》我に語りてまづかくいひ、後また續いていひけるは。かしこにて我ひたすら神に事《つか》へ 一一二―一一四
默想に心を足《たら》はしつゝ、橄欖《かんらん》の液《しる》の食物《くひもの》のみにて、輕く暑さ寒さを過せり 一一五―一一七
昔はかの僧院、これらの天のため、實《み》をさはに結びしに、今はいと空しくなりぬ、かゝればその状《さま》必ず直に顯《あら》はれん 一一八―一二〇
我はかしこにてピエートロ・ダミアーノといひ、アドリアティコの岸なるわれらの淑女の家にてはピエートロ・ペッカトルといへり 一二一―一二三
餘命|幾何《いくばく》もなかりしころ、強《し》ひて請《こ》はれて我かの帽を受く、こは傳へらるゝごとに優《すぐ》れる惡に移る物 一二四―一二六
チエファスの來るや、聖靈の大いなる器《うつは》の來るや、身|痩《や》せ足に沓《くつ》なく、いかなる宿《やど》の糧《かて》をもくらへり 一二七―一二九
しかるに近代《ちかきよ》の牧者等は、己を左右より支ふる者と導く者と(身いと重ければなり)裳裾《もすそ》をかゝぐる者とを求む 一三〇―一三二
かれらまたその表衣《うはぎ》にて乘馬《じようめ》を蔽《おほ》ふ、これ一枚の皮の下にて二匹の獸の出るなり、あゝ何の忍耐ぞ、怺《こら》へてこゝにいたるとは。 一三三―一三五

前へ 次へ
全121ページ中34ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
山川 丙三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング