、アッシーリア人《びと》の敗れ走れるさまと殺されし者の遺物《かたみ》を示せり 五八―六〇
我は灰となり窟《いはや》となれるトロイアを見き、あゝイーリオンよ、かしこにみえし彫物《ほりもの》の象《かたち》は汝のいかに低くせられ衰へたるやを示せるよ 六一―六三
すぐるゝ才ある者といふとも誰とて驚かざるはなき陰《かげ》と線《すぢ》とをあらはせるは、げにいかなる畫筆《ゑふで》または墨筆《すみふで》の妙手ぞや 六四―六六
死者は死するに生者は生くるに異ならず、面《まのあたり》見し人なりとて、わが屈《かゞ》みて歩める間に踏みし凡ての事柄を我よりよくは見ざりしなるべし 六七―六九
エーヴァの子等よいざ誇れ、汝等|頭《かうべ》を高うして行き、己が禍ひの路を見んとて目をひくく垂るゝことなかれ 七〇―七二
繋《つなぎ》はなれぬわが魂のさとれるよりも、我等はなほ多く山をめぐり、日はさらに多くその道をゆきしとき 七三―七五
常に心を用ゐて先に進めるものいひけるは。頭《かうべ》が擧げよ、時足らざればかく思ひに耽りてゆきがたし 七六―七八
見よかなたにひとりの天使ありて我等の許《もと》に來らんとす、見よ第六の侍婢《はしため》の、晝につかふること終りて歸るを 七九―八一
敬《うやまひ》をもて汝の姿容《すがたかたち》を飾れ、さらば天使よろこびて我等を上に導かむ、この日再び晨《あした》とならざることをおもへ。 八二―八四
我は時を失ふなかれとの彼の誡めに慣れたれば、彼のこの事について語るところ我に明かならざるなかりき 八五―八七
美しき者こなたに來れり、その衣《ころも》は白く、顏はさながら瞬《またゝ》く朝の星のごとし 八八―九〇
彼|腕《かひな》をひらきまた羽をひらきていふ。來れ、この近方《ちかく》に階《きざはし》あり、しかして汝等今より後は登り易し。 九一―九三
それ來りてこの報知《しらせ》を聞く者甚だ罕《まれ》なり、高く飛ばんために生れし人よ、汝等|些《すこし》の風にあひてかく墜ちるは何故ぞや 九四―九六
彼我等を岩の截られたる處にみちびき、こゝに羽をもてわが額を打ちて後、我に登《のぼり》の安らかなるべきことを約せり 九七―九九
ルバコンテの上方《かみて》に、めでたく治まる邑《まち》をみおろす寺ある山に登らんため、右にあたりて 一〇〇―一〇二
登《のぼり》の瞼しさ段《きだ》(こは文書《ふみ》と樽板《たるいた》の安全なりし世に造られき)に破らる 一〇三―一〇五
こゝにても次の圓よりいと急に垂るゝ岸、かゝる手段《てだて》によりて緩《ゆる》まりぬ、されど右にも左にも身は高き石に觸る 一〇六―一〇八
我等かしこにむかへるとき、聲ありて、靈の貧しき者は福なり[#「靈の貧しき者は福なり」に白丸傍点]と歌へり、そのさま詞をもてあらはすをえじ 一〇九―一一一
あゝこれらの徑《こみち》の地獄のそれと異なることいかばかりぞや、こゝにては入る者歌に伴はれ、かしこにては恐ろしき歎きの聲にともなはる 一一二―一一四
我等既に聖なる段《きだ》を踏みて登れり、また我はさきに平地《ひらち》にありしときより身のはるかに輕きを覺えき 一一五―一一七
是に於てか我。師よ告げよ、何の重き物我より取られしや、我行けども殆んど少しも疲勞《つかれ》を感ぜず。 一一八―一二〇
答へて曰ふ。消ゆるばかりになりてなほ汝の顏に現れるP《ピ》、その一のごとく全く削り去らるゝ時は 一二一―一二三
汝の足善き願ひに勝たるゝがゆゑに疲勞《つかれ》をしらざるのみならず上方《うへ》に運ばるゝをよろこぶにいたらむ。 一二四―一二六
頭に物を載せてあゆみ自らこれを知らざる人、他《ほか》の人々の素振《そぶり》をみてはじめて異《あやしみ》の心をおこせば 一二七―一二九
手は疑ひを霽《はら》さんため彼を助け探《さぐ》り得て、目の果し能はざる役《つとめ》を行ふ、この時わが爲せることまたかゝる人に似たりき
我はわがひらける右手《めて》の指によりて、かの鑰を持つもののわが額に刻《きざ》める文字たゞ六となれるをしりぬ 一三三―一三五
導者これをみて微笑《ほゝゑ》みたまへり
[#改ページ]

   第十三曲

我等|階《きざはし》の頂にいたれば、登りて罪を淨むる山、こゝにふたゝび截りとられ 一―三
一の臺《うてな》邱《をか》を卷くこと第一の圈の如し、たゞ異なるはその弧線《アルコ》のいよ/\はやく曲《まが》るのみ 四―六
こゝには象《かた》も文《あや》もみえず、岸も路も滑《なめら》かにみえて薄黒き石の色のみあらはる 七―九
詩人曰ふ。我等路を尋ねんためこゝにて民を待たば、我は我等の選ぶことおそきに過ぐるあらんを恐る。 一〇―一二
かくて目を凝らして日を仰ぎ、身をその右の足に支へ、左の脇《わき》をめぐらして 一三―
いふ。あゝ麗しき光よ、汝に頼恃《よりたの》みてこの新らしき路に就く、願はくは汝我等を導け、そは導く者なくば我等この内に入るをえざればなり ―一八
汝世を暖《あたゝ》め、汝その上に照る、若し故ありて妨げられずば我等は汝の光をもて常に導者となさざるべからず。 一九―二一
心進むによりて時立たず、我等かの處よりゆくこと既にこの世の一|哩《ミーリア》にあたる間におよべり 二二―二四
この時多くの靈の、愛の食卓《つくゑ》に招かんとて懇に物いひつゝこなたに飛來る音きこえぬ、されど目には見えざりき 二五―二七
飛過ぎし第一の聲は、彼等に酒なし[#「彼等に酒なし」に白丸傍点]と高らかにいひ、これをくりかへしつゝ後方《うしろ》に去れり 二八―三〇
この聲未だ遠く離れて全く聞えざるにいたらざるまに、いま一つの聲、我はオレステなりと叫びて過行き、これまた止まらず 三一―三三
我曰ふ。あゝ父よ、こは何の聲なりや。かく問へる時しもあれ、見よ第三の聲、汝等を虐《しひた》げし者を愛せといふ 三四―三六
この時善き師。この圈|嫉妬《ねたみ》の罪をむちうつ、このゆゑに鞭《むち》の紐愛より採《と》らる 三七―三九
銜《くつわ》は必ず響きを異にす、我の量《はか》るところによれば、汝これを赦《ゆるし》の徑《こみち》に着かざるさきに聞くならむ 四〇―四二
されど目を据《す》ゑてよくかなたを望め、我等の前に坐する民あり、各※[#二の字点、1−2−22]岩にもたれて坐せり。 四三―四五
このとき我いよ/\大きく目を開きてわが前方《まへ》を望み、その色石と異なることなき衣《ころも》を着たる魂を見き 四六―四八
我等なほ少しく先に進める時、マリアよ我等の爲に祈り給へと喚《よば》はりまたミケーレ、ピエル及び諸※[#二の字点、1−2−22]の聖徒よと喚ばはる聲を我は聞きたり 四九―五一
思ふに今日地上を歩むいかに頑《かたくな》なる人といふとも、このときわがみしものをみて憐憫《あはれみ》に刺されざることはあらじ 五二―五四
我彼等に近づきてその姿をさだかに見しとき、重き憂ひは涙をわが目よりしぼれり 五五―五七
彼等は粗《あら》き毛織を纏へる如くなりき、互ひに身を肩にて支へ、しかして皆岸にさゝへらる 五八―六〇
生活《なりはひ》の途なき瞽《めしひ》等が赦罪の日物乞はんとてあつまり、彼《かれ》頭を此《これ》に寄せ掛け 六一―六三
詞の節《ふし》によるのみならず、その外見《みえ》によりてこれに劣らず心に訴へ、早く憐《あはれみ》を人に起さしめんとするもそのさままた斯《かく》の如し 六四―六六
また日が瞽の益とならざるごとく、わがいま語れるところにては、天の光魂に己を施すを好まず 六七―六九
鐡《くろがね》の絲凡ての者の瞼《まぶた》を刺し、これを縫ふこと恰もしづかならざる鷹を馴らさんとする時に似たりき 七〇―七二
我はわが彼等を見、みづから見られずして行くの非なるをおもひてわが智《さと》き議者《はからひびと》にむかへるに 七三―七五
彼能くいはざる者のいはんと欲するところをしり、わが問ひを待たずしていふ。語れ約《つづ》まやかにかつ適《ふさ》はしく。 七六―七八
ヴィルジリオは臺《うてな》の外側《そとがは》、縁《ふち》高く繞《めぐ》るにあらねば落下る恐れあるところを行けり 七九―八一
わが左には信心深き多くの魂ありき、その恐ろしき縫線《ぬひめ》より涙はげしく洩れいでて頬を洗へり 八二―八四
我彼等にむかひていふ。己が願ひの唯《たゞ》一の目的《めあて》なる高き光を必ず見るをうる民よ 八五―八七
願はくは恩惠《めぐみ》速かに汝等の良心の泡沫《あわ》を消し、記憶の流れこれを傳ひて清く下るにいたらむことを 八八―九〇
汝等の中にラチオ人《びと》の魂ありや、我に告げよ、我そのしらせを愛《め》で喜ばむ、また我これを知らば恐らくはその者に益あらむ。 九一―九三
あゝわが兄弟よ、我等は皆一の眞《まこと》の都の民なり、汝のいへるは族客《たびびと》となりてイタリアに住める者のことならむ。 九四―九六
わが立てるところよりやゝ先にこの答へきこゆるごとくなりければ、我わが聲をかなたにひゞくにいたらしむ 九七―九九
我は彼等の中にわが言《ことば》を待つ状《さま》なる一の魂を見き、若し人いかなる状ぞと問はば、瞽《めしひ》の習ひに從ひてその頤《おとがひ》を上げゐたりと答へむ 一〇〇―一〇二
我曰ふ。登らむために己を矯《た》むる魂よ、我に答へし者汝ならば、處または名を告げて汝の事を我に知らせよ。 一〇三―一〇五
答へて曰ふ。我はシエーナ人《びと》なりき、我これらの者と共にこゝに罪の生命《いのち》を淨め、御前《みまへ》に泣きて恩惠《めぐみ》を求む 一〇六―一〇八
われ名をサピーアといへるも智慧なく、人の禍ひをよろこぶこと己が福ひよりもなほはるかに深かりき 一〇九―一一一
汝我に欺かると思ふなからんため、わがみづからいふごとく愚なりしや否やを聞くべし、わが齡の坂路《さかみち》はや降《くだり》となれるころ 一一二―一一四
わが邑《まち》の人々その敵とコルレのあたりに戰へり、このときわれ神に祈りてその好みたまへるものを求めき 一一五―一一七
彼等かしこに敗れて幸《さち》なくも逃《に》ぐれば、我はその追はるゝを見、身に例《ためし》なき喜びをおぼえて 一一八―一二〇
あつかましくも顏を上げつゝ神にむかひ、さながら一時《ひととき》の光にあへる黒鳥《メルロ》のごとく、今より後我また汝を恐れずと叫べり 一二一―一二三
我わが生命《いのち》の極《はて》に臨みてはじめて神と和《やはら》がんことを願へり、またもしピエル・ペッティナーイオその慈愛の心よりわがために悲しみその聖なる祈りの中にわが身の上を憶はざりせば、わが負債《おひめ》は今も猶|苦楚《くるしみ》に減《へ》らさるゝことなかりしなるべし 一二四―一二六
されど汝は誰ぞや――汝我等の状態《ありさま》をたづね、氣息《いき》をつきて物いふ、またおもふに目に絆《きづな》なし。 一三〇―一三二
我曰ふ。わが目もいつかこゝにて我より奪はるゝことあらむ、されどそは暫時《しばし》のみ、その嫉妬《ねたみ》のために動きて犯せる罪|少《すく》なければなり 一三三―一三五
この下なる苛責の恐れはなほはるかに大いにしてわが魂を安からざらしめ、かしこの重荷いま我を壓《お》す。 一三六―一三八
彼我に。汝かなたに歸るとおもはば、誰か汝を導いてこゝに登り我等の間に入らしめしや。我。我と倶にゐて物言はざる者ぞ是なる 一三九―一四一
我は生く、されば選ばれし靈よ、汝若し我の己が死すべき足をこの後汝のために世に動かすことをねがはば我に請へ。 一四二―一四四
答へて曰ふ。あゝこは耳にいと新しき事にて神の汝をめで給ふ大いなる休徴《しるし》なれば、汝をりふしわがために祈りて我を助けよ 一四五―一四七
我また汝の切《せち》に求むるものを指して請ふ、若しトスカーナの地を踏むことあらば、わが宗族《うから》の中に汝再びわが名を立てよ 一四八―一五〇
汝は彼等をタラモネに望みを寄する虚榮の民の間に見む(この民その望みを失ふことディアーナを求めしときより大いならむ 一五一―一五三
されどかしこにて特《こと》に危險《あやふき》を顧みざるは
前へ 次へ
全40ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
山川 丙三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング