この言《ことば》にはげまされ、我は彼のあとより匍匐《はひ》つゝわが足圓の上を踏むまでしひて身をすゝましむ 四九―五一
我等はこゝに、我等の登れる方《かた》なりし東に向ひて倶に坐せり、そは人顧みて心を慰むる習ひなればなり 五二―五四
我まづ目を低き汀《みぎは》にそゝぎ、後これを擧げて日にむかひ、その光我等の左を射たるをあやしめり 五五―五七
詩人はわがかの光の車の我等とアクイロネの間を過ぐるをみていたく惑へることをさだかにさとり 五八―六〇
即ち我にいひけるは。若しカストレとポルルーチェ、光を上と下とにおくるかの鏡とともにあり 六一―六三
かつかのものその舊き道を離れずば、汝は赤き天宮の今よりもなほ北斗に近くめぐるをみるべし 六四―六六
汝いかでこの事あるやをさとるをねがはば、心をこめて、シオンとこの山と地上にその天涯を同じうし 六七―
その半球を異にするを思へ、さらば汝の智にしてもしよく明《あきらか》にこゝにいたらば、かのフェートンが幸《さち》なくも
車を驅るを知らざりし路は何故に此の左、彼の右をかならず過ぐるや、汝これを知るをえむ。 ―七五
我曰ふ。わが師よ、才の足らじとみえしところを、げに今にいたるまで我かくあきらかにさとれることなし 七六―七八
さる學術にて赤道とよばれ、常に日と冬の間にありていと高くめぐる天の中帶は 七九―八一
汝の告ぐる理《ことわり》により、この處を北に距ること、希伯來人《エブレオびと》がこれをみしとき彼等を熱き地の方《かた》に距れるに等し 八二―八四
されど我等いづこまで行かざるをえざるや、汝ねがはくは我にしらせよ、山高くそびえてわが目及ぶあたはざればなり。 八五―八七
彼我に。はじめ常に艱しといへども人の登るに從つてその勞を少うするはこれこの山の自然なり 八八―九〇
此故に汝これをたのしみ、上《のぼ》るの易きことあたかも舟にて流れを追ふごときにいたれば 九一―九三
すなはちこの徑路《こみち》盡《つ》く、汝そこにて疲れを休むることをうべし、わが汝に答ふるは是のみ、しかして我この事の眞《まこと》なるを知る。 九四―九六
彼その言葉を終《を》へしとき、あたりに一の聲ありていふ。おそらくは汝それよりさきに坐せざるをえざるなるべし。 九七―九九
かくいふをききて我等各※[#二の字点、1−2−22]ふりかへり、左に一の大いなる石を見ぬ、こは我も彼もさきに心をとめざりしものなりき 一〇〇―一〇二
我等かしこに歩めるに、そこには岩の後《うしろ》なる蔭に息《いこ》へる群《むれ》ありてそのさま怠惰《おこたり》のため身を休むる人に似たりき 一〇三―一〇五
またそのひとりはよわれりとみえ、膝を抱いて坐し、顏を低くその間に垂れゐたり 一〇六―一〇八
我曰ふ。あゝうるはしきわが主、彼を見よ、かれ不精《ぶせい》を姉妹とすともかくおこたれるさまはみすまじ。 一〇九―一一一
この時彼我等の方《かた》に對ひてその心をとめ、目をたゞ股《もゝ》のあたりに動かし、いひけるは。いざ登りゆけ、汝は雄々《をゝ》し。 一一二―一一四
我はこのときその誰なるやをしり、疲れ今もなほ少しくわが息《いき》をはずませしかど、よくこの障礙《しやうげ》にかちて 一一五―一一七
かれの許《もと》にいたれるに、かれ殆んど首《かうべ》をあげず、汝は何故に日が左より車をはするをさとれりやといふ 一一八―一二〇
その無精《ぶせい》の状《さま》と短き語《ことば》とは、すこしく笑《ゑみ》をわが唇にうかばしむ、かくて我曰ふ。ベラックヮよ、我は今より 一二一―
また汝のために憂へず、されど告げよ、汝何ぞこゝに坐するや、導者を待つか、はたたゞ汝の舊《ふ》りし習慣《ならひ》に歸れるか。 ―一二六
彼。兄弟よ、登るも何の益かあらむ、門に坐する神の鳥は、我が苛責をうくるを許さざればなり 一二七―一二九
われ終りまで善き歎息《なげき》を延べたるにより、天はまづ門の外《そと》にて我をめぐる、しかしてその時の長さは世にて我をめぐれる間と相等し 一三〇―一三二
若し恩惠《めぐみ》のうちに生くる心のさゝぐる祈り(異祈《あだしいのり》は天聽かざれば何の效《かひ》あらむ)、これより早く我を助くるにあらざれば。 一三三―一三五
詩人既に我にさきだちて登りていふ。いざ來れ、見よ日は子午線に觸れ、夜は岸邊《きしべ》より 一三六―一三八
はやその足をもてモロッコを覆《おほ》ふ。
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   第五曲

我既にかの魂等とわかれてわが導者の足跡《あしあと》に從へるに、このとき一者《ひとり》、後方《うしろ》より我を指ざし 一―三
叫びていふ。見よ光下なるものの左を照さず、彼があたかも生者のごとく歩むとみゆるを。 四―六
我はこの言《ことば》を聞きて目をめぐらし、彼等のあやしみてわれひとり、ただわれひとりと、碎けし光とを目守《まも》るをみたり 七―九
師曰ふ。汝何ぞ心ひかれて行くことおそきや、彼等の私語《さゝやき》汝と何の係《かゝはり》あらんや 一〇―一二
我につきて來れ、斯民《このたみ》をその言ふに任《まか》せよ、風吹くとも頂《いただき》搖《ゆる》がざるつよき櫓《やぐら》の如く立つべし 一三―一五
そは思ひ湧き出でて思ひに加はることあれば、後の思ひ先の思ひの力をよわめ、人その目的《めあて》に遠ざかる習ひなればなり。 一六―一八
我行かんといふの外また何の答へかあるべき、人にしば/\赦《ゆるし》をえしむる色をうかめてわれ斯くいへり 一九―二一
かゝる間に、山の腰にそひ、横方《よこあひ》より、かはる/″\憐れみたまへ[#「憐れみたまへ」に白丸傍点]を歌ひつゝ、我等のすこしく前に來れる民ありき 二二―二四
彼等光のわが身に遮《さへぎ》らるゝをみしとき、そのうたへる歌を長き嗄れたるあゝに變へたり 二五―二七
しかしてそのうちより使者《つかひ》とみゆるものふたり、こなたにはせ來り、我等にこひていふ。汝等いかなるものなりや我等に告げよ。 二八―三〇
わが師。汝等たちかへり、汝等を遣はせるものに告げて、彼の身は眞《まこと》の肉なりといへ 三一―三三
若しわが量《はか》るごとく、彼の影を見て彼等止まれるならば、この答へにて足る、彼等に彼をあがめしめよ、さらば彼等益をえむ。 三四―三六
夜の始めに澄渡る空《そら》を裂き、または日の落つるころ葉月《はづき》の叢雲《むらくも》を裂く光といふとも、そのはやさ 三七―三九
かなたに歸りゆきし彼等には及ばじ、さてかしこに着くや彼等は殘れる者とともに恰も力のかぎり走る群《むれ》の如く足をこなたに轉《めぐ》らせり 四〇―四二
詩人曰ふ。我等に押寄する民|數《かず》多し、彼等汝に請はんとて來る、されど汝止まることなく、行きつゝ耳をかたむけよ。 四三―四五
彼等來りよばはりていふ。あゝ幸《さいはひ》ならんため生れながらの身と倶に行く魂よ、しばらく汝の歩履《あゆみ》を停《とゞ》めよ 四六―四八
我等の中に汝嘗て見しによりてその消息《おとづれ》を世に傳ふるをうる者あるか、噫《あゝ》何すれぞ過行くや、汝何すれぞ止まらざるや 四九―五一
我等は皆そのかみ横死を遂げし者なり、しかして臨終《いまは》にいたるまで罪人《つみびと》なりしが、この時天の光我等をいましめ 五二―五四
我等は悔いつゝ赦しつゝ、神即ち彼を見るの願ひをもて我等の心をはげますものと和《やは》らぎて世を去れるなり。 五五―五七
我。われよく汝等の顏をみれども、一だにしれるはなし、されど汝等の心に適《かな》ひわが爲すをうる事あらば、良日《よきひ》の下《もと》に生れし靈よ 五八―六〇
汝等いへ、さらば我は、かゝる導者にしたがひて世より世にわが求めゆく平和を指してこれをなすべし。 六一―六三
一者《ひとり》曰ふ。汝誓はずとも我等みな汝の助けを疑はず、もし力及ばざるため意斷たるることなくば 六四―六六
この故に我まづひとりいひいでて汝に請ふ、汝ローマニアとカルロの國の間の國をみるをえば 六七―六九
汝の厚き志により、わがためにファーノの人々に請ひてよき祈りをささげしめ、我をしてわが重き罪を淨むるをえしめよ 七〇―七二
我はかしこの者なりき、されど我の宿れる血の流れいでし重傷《ふかで》をばわれアンテノリの懷《ふところ》に負へり 七三―七五
こはわがいと安全《やすらか》なるべしとおもへる處なりしを、エスティの者、正義の求むる範圍《かぎり》を超えて我を怨みこの事あるにいたれるなり 七六―七八
されどオリアーコにて追ひ及《し》かるゝとき、若しはやくラ・ミーラの方《かた》に逃げたらんには、我は息通《いきかよ》ふかなたに今もありしなるべし 七九―八一
われ澤に走りゆき、葦《あし》と泥《ひぢ》とにからまりて倒れ、こゝにわが血筋《ちすぢ》の地上につくれる湖《うみ》を見ぬ。 八二―八四
この時また一者《ひとり》いふ。あゝねがはくは汝を引きてこの高山《たかやま》に來らしむる汝の願ひ成就せんことを、汝善き憐《あはれみ》をもてわが願ひをたすけよ 八五―八七
我はモンテフェルトロの者なりき我はボンコンテなり、ジヨヴァンナも誰もわが事を思はず、此故にわれ顏を垂れて此等の者と倶に行く。 八八―九〇
我彼に。汝の墓の知られざるまで、カムパルディーノより汝を遠く離れしめしは、そも/\何の力何の運ぞや。 九一―九三
彼答ふらく。あゝカセンティーノの麓に、横さまに流るゝ水あり、隱家《かくれが》の上なるアペンニノより出で、名をアルキアーノといふ 九四―九六
われ喉を刺されし後、徒《かち》にて逃げつゝ野を血に染めて、かの流れの名消ゆる處に着けり 九七―九九
わが目こゝに見えずなりぬ、わが終焉《をはり》の詞はマリアの名なりき、われこゝに倒れ、殘れるものはたゞわが肉のみ 一〇〇―一〇二
われ眞《まこと》を汝に告げむ、汝これを生者《しやうじや》に傳へよ、神の使者《つかひ》我を取れるに地獄の使者よばはりて、天に屬する者よ 一〇三―
汝何ぞ我物を奪ふや、唯一|滴《しづく》の涙の爲に彼我を離れ、汝彼の不朽の物を持行くとも我はその殘りをばわが心のまゝにあしらはんといふ ―一〇八
濕氣空に集りて昇り、冷えて凝る處にいたれば、直ちに水にかへること、汝のさだかに知るごとし 一〇九―一一一
さてかの者たゞ惡をのみ圖る惡意を智に加へ、その性《さが》よりうけし力によりて霧と風とを動かせり 一一二―一一四
かくて日暮れしとき、プラートマーニオよりかの大いなる連山にいたるまで、彼霧をもて溪を蔽ひ、上なる天を包ましむれば 一一五―一一七
密雲變じて水となり、雨|降《ふ》りぬ、その地に吸はれざるものみな狹間《はざま》に入れ 一一八―一二〇
やがて多くの大いなる流れと合し、たふとき川に向ひて下るに、その馳することいとはやくして、何物もこれをひきとむをえざりき 一二一―一二三
たくましきアルキアーンははや強直《こはばり》しわが體をその口のあたりに見てこれをアルノに押流し、わが苦しみにたへかねしとき 一二四―
身をもて造れる十字架を胸の上より解き放ち、岸に沿ひまた底に沿ひて我を轉《まろ》ばし、遂に己が獲物《えもの》をもて我を被ひ且つ卷けり。 ―一二九
この時第三の靈第二の靈に續いて曰ふ。あゝ汝世に歸りて遠き族程《たびぢ》の疲れより身を休めなば 一三〇―一三二
われピーアを憶へ、シエーナ我を造りマレムマ我を毀《こぼ》てるなり、こは縁《えにし》の結ばるゝころまづ珠の指輪をば 一三三―一三五
我に與へしものぞしるなる 一三六―一三八
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   第六曲

ヅァーラの遊戲《あそび》果つるとき、敗者《まくるもの》は悲しみて殘りつゝ、くりかへし投げて憂ひの中に學び 一―三
人々は皆|勝者《かつもの》とともに去り、ひとり前《まへ》に行きひとり後《うしろ》よりこれを控《ひか》へひとり傍《かたへ》よりこれに己を憶はしむるに 四―六
かの者止まらず、彼に此に耳を傾け、また手を伸べて與ふればその人再び迫らざるがゆゑに、かくして身をまもりて推合《おしあ》ふことを避《さ》く 七―九
我亦斯の如く、かのこみあへる群《む
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