しがたしとおもひぬ 一六―一八
その歌にいふ。我はうるはしきシレーナなり、耳を樂しましむるもの我に滿ちみつるによりて海の正中《たゞなか》に水手《かこ》等を迷はす 一九―二一
我わが歌をもてウリッセをその漂泊《さすらひ》の路より引けり、およそ我と親しみて後去る者少なし、心にたらはぬところなければ。 二二―二四
その口未だ閉ぢざる間に、ひとりの聖なる淑女、これをはぢしめんとてわが傍《かたへ》にあらはれ 二五―二七
あゝヴィルジリオよ、ヴィルジリオよ、これ何者ぞやとあららかにいふ、導者即ち淑女にのみ目をそゝぎつゝ近づけり 二八―三〇
さてかの女をとらへ、衣《ころも》の前を裂き開きてその腹を我に見すれば、惡臭《をしう》これよりいでてわが眠りをさましぬ 三一―三三
われ目を善き師にむかはしめたり、彼いふ。少なくも三たび我汝を呼びぬ、起きて來れ、我等は汝の過ぎて行くべき門を尋ねむ。 三四―三六
我は立てり、高き光ははや聖なる山の諸※[#二の字点、1−2−22]の圓に滿てり、我等は新しき日を背にして進めり 三七―三九
我は彼に從ひつゝ、わが額をば、あたかもこれに思ひを積み入れ身を反橋《そりはし》の半《なかば》となす者のごとく垂れゐたるに 四〇―四二
この人界にては開くをえざるまでやはらかくやさしく、來れ、道こゝにありといふ聲きこえぬ 四三―四五
かく我等に語れるもの、白鳥のそれかとみゆる翼をひらきて、硬き巖の二の壁の間より我等を上にむかはしめ 四六―四八
後羽を動かして、哀れむ者[#「哀れむ者」に白丸傍点]はその魂|慰《なぐさめ》の女主となるがゆゑに福なることを告げつつ我等を扇《あふ》げり 四九―五一
我等ふたり天使をはなれて少しく登りゆきしとき、わが導者我にいふ。汝いかにしたりとて地をのみ見るや。 五二―五四
我。あらたなる幻《まぼろし》はわが心をこれにかたむかせ、我この思ひを棄つるをえざれば、かく疑ひをいだきてゆくなり。 五五―五七
彼曰ふ。汝はこの後唯|一者《ひとり》にて我等の上なる魂を歎かしむるかの年へし妖女を見しや、人いかにしてこれが紲《きづな》を斷つかを見しや 五八―六〇
足れり、いざ汝|歩履《あゆみ》をはやめ、永遠《とこしへ》の王が諸天をめぐらして汝等に示す餌に目をむけよ。 六一―六三
はじめは足をみる鷹も聲かゝればむきなほり、心|食物《くひもの》のためにかなたにひかれ、これをえんとの願ひを起して身を前に伸ぶ 六四―六六
我亦斯の如くになりき、かくなりて、かの岩の裂け登る者に路を與ふるところを極め、環《めぐ》りはじむる處にいたれり 六七―六九
第五の圓にいでしとき、我見しにこゝに民ありき、彼等みな地に俯《うつむ》き伏して泣きゐたり 七〇―七二
わが魂は塵につきぬ[#「わが魂は塵につきぬ」に白丸傍点]、我はかく彼等のいへるをききしかど、詞ほとんど解《げ》しがたきまでその歎息《なげき》深かりき 七三―七五
あゝ神に選ばれ、義と望みをもて己が苦しみをかろむる者等よ、高き登の道ある方《かた》を我等にをしへよ。 七六―七八
汝等こゝに來るといへども伏すの憂ひなく、たゞいと亟《すみや》かに道に就かんことをねがはば、汝等の右を常に外《そと》とせよ。 七九―八一
詩人斯く請ひ我等かく答へをえたり、こは我等の少しく先にきこえしかば、我その言《ことば》によりてかのかくれたる者を認め 八二―八四
目をわが主にむけたるに、主は喜悦《よろこび》の休徴《しるし》をもて、顏にあらはれしわが願ひの求むるところを許したまへり 八五―八七


我わが身を思ひのまゝになすをえしとき、かの魂即ちはじめ詞をもてわが心を惹ける者にちかづき 八八―九〇
いひけるは。神のみ許《もと》に歸るにあたりて缺くべからざるところの物を涙に熟《う》ましむる魂よ、わがために少時《しばらく》汝の大いなる意《こゝろばせ》を抑へて 九一―九三
我に告げよ、汝誰なりしや、汝等何ぞ背を上にむくるや、汝わが汝の爲に世に何物をか求むるを願ふや、我は生《いき》ながら彼處《かしこ》よりいづ。 九四―九六
彼我に。何故に我等の背を天が己にむけしむるやは我汝に告ぐべきも、汝まづ我はペトルスの繼承者なりしことを知るべし[#「我はペトルスの繼承者なりしことを知るべし」に白丸傍点] 九七―九九
一の美しき流れシェストリとキアーヴェリの間をくだる、しかしてわが血族《やから》の稱呼《となへ》はその大いなる誇をばこの流れの名に得たり 一〇〇―一〇二
月を超ゆること數日、我は大いなる法衣《ころも》が、これを泥《ひぢ》に汚さじと力《つと》むる者にはいと重くして、いかなる重荷もたゞ羽と見ゆるをしれり 一〇三―一〇五
わが歸依はあはれおそかりき、されどローマの牧者となるにおよびて我は生の虚僞《いつはり》多きことをさとれり 一〇六
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