に二の難あり、路の瞼惡なるは其一、見るに忍びざる罪人の苦患を見るの苦しみ其二なり、前者は身を攻め後者は心を攻む
七―九
【ムーゼ】ムーサ、神話中の女神、九柱ありて詩音樂等を司る
第一曲は『神曲』の總序にして所謂地獄篇は第二曲にはじまるが故にこゝにムーゼと理想の才と記憶とを呼べり、卷頭に詩神をよべるは古來詩人の例に倣へるなり、『神曲』の他の二篇また然り
一三―一五
【いへらく】『アエネイス』六・二三六以下に
【シルヴィオの父】アユネアス、シルウィウス(シルヴィオ)はアエネアスとラウィニア(地、四・一二六)の間の子なり
一六―一八
【誰】ローマ人の祖先
【何】ローマ帝國の創業者
【衆惡の敵】神
一九―二一
【エムピレオの天】至高の天
二二―二四
ローマ(彼)もローマ帝國(此)も神の定むるところによりて共に聖地となり聖ピエートロの後繼者なる法王の座所こゝにあり
寺院と互に獨立し、しかも相提携して天命を行ふ、これダンテの理想の帝國なり
【大ピエロ】聖ピエートロ又はペテロ、キリスト十二弟子の一、道をローマに傳へ、教に殉じて死す
二五―二七
アエネアス冥府にゆきてその父アンキセスにめぐりあひ、これと語りて己が將來の事を知り信念いよ/\固く遂にイタリアにいたりて亂を平げ建國の基を起せり、されば後年法王の座所をこの地に見るにいたれるもアエネアスの冥府めぐりに負ふとこる多し
二八―三〇
【選の器】使徒パウロ(使徒、九・一五)
【かしこ】冥界
コリント後、一二・二以下にはたゞ第三の天に擧げらる云々とあり、されど中世紀の傳説によればパウロは天堂のみならず地獄にも赴けるなり
五二―五四
【懸垂の衆】第一の地獄なるリムボの賢哲、天界の祝福を受くるにあらず地獄の苛責を受くるにあらすその中間に懸れるなり
【淑女】ベアトリーチェ(七〇―七二行註參照)
五八
【動】諸天の運行、即ち時の存するかぎり
異本、世のあるかぎりは殘らん
譯者曰くこの書本文殆ど全くムーアの『ダンテ全集』(Tutte le Opere di Dante Alighieri)に據れり、異本各種の比較については同博士の『神曲用語批判』(Textual Criticism of the Divina Commedia)を見ば詳細を知るをうべし、乃ちこの項 moto 及び mondo の比較はその第二七一―三頁にあり、以下煩を避けて一々引照せず
六一―六三
我に愛せられてしかも命運に愛せられざるもの
七〇―七二
【ベアトリーチェ】ダンテの『新生』(La Vita Nuova)に出づる詩人の戀人
(1)[#「(1)」は縦中横]『新生』の解説につきては甲論乙駁今に至りて定説なし、されどこれを以て史實に基づき詩想によりて潤飾せる詩人自傳の一部と見做す説多くの點に於て信ずべきに似たり、故にベアトリーチェ及びベアトリーチェとダンテの關係を知らんと欲せば必ずまづ『新生』によらざるをえず
また假りに『新生』を以て一種の譬喩と見做しダンテはこれによりて自己の理想を表現しその理想の形成せるところに「ベアトリーチェ」なる名稱を冠らしめしに過ぎずとし或ひは之を以て詩人の宗教觀詩人時代の寺院及び教理等を寫し出せる一種の象徴に過ぎずと見做すも、ダンテのベアトリーチェを知らんと欲せば同じくまづ『新生』によらざるをえざるなり
(2)[#「(2)」は縦中横]『新生』中ベアトリーチェに關する事項の主なるものをあぐれば、ダンテが始めてベアトリーチェを見たる事及びこの時八歳の少女が九歳の少年の心に殘せし深き印象(二)、ダンテが寺院内に一婦人を帷としてベアトリーチェの祈姿をうかゞひ見しこと(五)、ベアトリーチェを婚姻の(ベアトリーチェ自身の婚姻なるべし)席上に見、友の扶けによりてこの席を去れること(一四)、ベアトリーチェの父の死=一二八九年(二二)、ベアトリーチェの死=一二九〇年(二九、但し學會本によれば――從つて岩波文庫も――二八)、等なり、戀人の家系住居につきては何等云ふ所なし
(3)[#「(3)」は縦中横]ベアトリーチェを史實と配合せる者はボッカッチョなり、その説に曰く、ベアトリーチェはフォルコ・ポルチナーリの女にしてフィレンツェに生る、一二七四年ダンテ始めてこの女を見、後次第に愛慕するにいたれり、一二八六年の頃ベアトリーチェはシモネ・デ・バルヂなるものと婚し一二九〇年六月死すと
(4)[#「(4)」は縦中横]『神曲』中のベアトリーチェは『新生』のベアトリーチェのさらに理想化したる者にて神學の象徴なり、ダンテ、ウェルギリウスに導かれて地獄・淨火の兩界をめぐれども、進んで天上に赴くに及びてはベアトリーチェに導かれざるをえず、これ靈界の機微にいたりては天啓によるにあらざれば覺得し難きを示せるなり
【愛】淨、三〇・七九以下及び天、一・一〇一―二參照
七六―七八
【天】月天、地球は宇宙の中心にありて日月星辰の諸天之をめぐる、而して月は最も地球に近ければその天は諸天中最小の天なり、人、地上の萬物にまさるはたゞ天の奧義をさとるによる
九四―九六
慈悲の泉なる聖母マリア、ダンテの大難をあはれみてその罪に對する上帝の怒りをやはらぐ
九七―九九
【ルチーア】聖ルチーア、シラクサ(シケリア島にあり)の殉教者を指せるなるべしといふ、惠みの光なり
一〇〇―一〇二
【ラケーレ】ラケル。ラバンの女にしてヤコブの妻(創世記、二九・一〇以下及び地、四・六〇)、默想の象徴
一〇三―一〇五
【神の眞の讚美】『新生』二六・一四(岩波文庫『新生』八七頁參照)以下に曰く
かれ(ベアトリーチェ)過ぐる時多くの人々いひけるは、こは女にあらでいと美しき天使のひとりなり、またほかの人々いひけるは、こは世の常の女にあらず、かくたへなるみわざをあらはし給ふ主は讚むべきかな
【汝のために】『新生』の末(同上・一二九頁參照)に曰く
この歌ありて後我は異象によりて多くの事を見、わがいまよりもなほふさはしくこの惠まれしもの(ベアトリーチェの事を陳ぶるをうるにいたるまでは再びかれの事をいはじと思ひ定めたり、またわがこゝにいたらんため力を盡して勵みいそしむことはかれのよく知るところなり、かくて萬物に生をさづくるものわが世にあるなほ數年なるを許したまはゞ望むらくはわれ未だ女につきて用ゐられざりし言をかれにつきて用ゐることをえん
一〇六―一〇八
【河水漲りて】或ひは、河波さわぎたち(詩篇、九三・三―四參照)、罪の路を激流にたとへしなり
一一八―一二〇
【獸】狼
一二一―一二六
【三人】聖母、ルチーア、ベアトリーチェ
一三三―一三五
【淑女】ベアトリーチェ
一四二
【艱き】或ひは、低き


    第三曲

地獄門上の銘を讀みて後兩詩人まづ地獄圈外に入りこゝに怯者の魂を見、進んでアケロンテの川にいたれば舟子カロン亡魂を麾き船に載せて對岸にむかふ、この時曠野鳴動して電光閃めきダンテ爲に喪神して地に倒る
一―三
【憂ひの都】地獄全體
四―六
正義の念によりて獄門を建つるの天意定まり、父(威力)子(智慧)聖靈(愛)なる三一の神の働きによりてその意行はる
七―九
【永遠の物】諸天、天使等
一六―一八
【智能の功徳】神を見ること
【さきに】地、一・一一四以下
一九―二一
【祕密の世】原文、祕密の物の中
二八―三〇
【旋風吹起る時】異本、風旋風に似たる時
三一―三三
【怖れ】異本、迷ひ
三四―三六
地獄外房の罪人、善を行ふの勇なく惡を行ふの膽なく、卑怯にして意味なき生を送れるもの
三七―三九
ルキフェル(魔王ルチーフェロ)神に背ける時、中立の態度に出でし天使の一群
四〇―四二
【罪ある者】地獄に罰をうくる者等惡を行はざりし天使の一群の己と同じく罰せらるゝを見て自ら得たりとなさゞらんため
四六―四八
【死】魂の消滅
【失明】暗く光なき地獄のさまに神を見るをえざる迷ひの生涯を含めていへり
【いかなる分際】天上の祝福を享くる者をも地獄圈内に前を受くるをも妬むなり
四九―五一
【慈悲も正義も】天を逐はれ地獄は拒まる
五八―六〇
【魂】『神曲』中疑問の人物の一なり、されど古來最も有力なる説はこれを以て法王ケレスティヌス五世を指せりとなす。ケレスティヌス五世はピエートロ・ダ・モルロネといひアブルッチの隱者なりしが一二九四年選ばれて法王となり在位五ケ月の後自らその器に非ざるをしりて辭しボニファキウス(ボニファーチョ)八世其後をうくるに至れり、一説にはボニファキウス、法王の位を望み謀を以てケレスティヌスに退位の意を固めしめきといふ(地、一九・五五―七參照)
六四―六六
【生けることなき】一生を空しくおくれる
七〇―七二
【川】アケロンテ、冥界を流るゝ諸水の一、屡※[#二の字点、1−2−22]『アエネイス』にいづ
八二―八四
【翁】カロン、神話にいづる三途の川の渡守なり
古代神話にみゆる多くの神々は中古なほその存在を保ち寺院に屬する人々之を以て鬼となせり、使徒パウロの言に、異邦人の獻ぐるものは神に獻ぐるにあらず鬼に獻ぐるなり(コリント前、一〇・二〇)とあるもかゝる信仰を生むにいたれる一因なるべし、さればダンテが傳説の神々傳説の人物材料を多く『神曲』中に收むるにいたりしも此等のものゝ存在を認め事件を事實と信ぜしにあらず、たゞその人口に膾炙し當時の思想を具體的にあらはすに最も適したるによりてなり、古典とダンテの關係を詳しく知らんと欲する人はムーア博士の『ダンテ研究』(Studies in Dante)第一卷を見よ
九一―九三
フラティチェルリ(Fraticelli)曰く、カロンが此處には他に渡る舟なく舟子なきをしりてかくいへるは生者に對する怒りと嘲りをあらはせるなりと
註釋者多くはこれを以て淨火の路即ちテーヴェレの河口より淨火の山に至る路をいひ、輕き舟は淨、二・四一なる天使の舟を指すものとなせども、生けるダンテに對する怒れるカロンの言としてふさはしからざるに似たり
九四―九六
地、二一・八三―四參照
一〇三―一〇五
神、親、人類、生國、生時、祖先(蒔かれし種)、生みの親(生れし種)
一〇九―一一一
【後るゝ、】或ひは、くつろぐ(船の中にて)
一一二―一一四
『アエネイス』六・三〇九以下に曰く
たとへば秋始めて冷やかなる頃、數しれぬ木の葉の凋みて林に落つるごとく、または鳥群をなして寒さきびしき年に逐はれ、暖き陸を求めてわたつみのかなたより來るごとく
【衣】或ひは、獲物
【地にをさむる】異本、地に見る
一一五―一一七
【アダモ】アダム、人類の始祖(創世記)
【呼ばるゝ】鷹匠が小鳥若しくは鳥の羽を合せしものを示して放ちやりし鷹を呼戻すこと
一二四―一二六
【願ひ】望なきを知りて刑に服せんとの心
一二七―一二九
【善き】罰のためにくだれるにあらざる


    第四曲

我にかへれば詩人すでに第一の地獄の縁にあり、こゝよりウェルギリウスに導かれてリムボにくだる、すなはちキリストを知らず洗禮をうけざりし者の止まるところなり、ダンテこゝに古の詩人哲人名將烈婦の魂を見、導者とともにさらに進んで第二の地獄にむかふ
一―三
【雷】第三曲の終りにみえたる電光にともなふ雷
或ひは曰、九行の雷と同じく罪人の叫喚あつまりて雷の如きをいふと、ダンテがいかにしてアケロンテの川を越えしやは知りがたし
七―九
【溪】地獄全體
一三―一五
【盲の世】地、三・四七註參照
一九―二一
【下なる民】リムボ即ち第一の地獄の民
二二―二四
【獄】原語、圈、深淵の縁をめぐる一帶の地にて一大環状をなすが故にかくいふ
三四―三六
【一部】異本、門
三七―三九
【道】天啓によりキリストの出現を信じて神を拜すること
【我も】ウェルギリウスの詩によりて詩人となり又キリストの徒となれるスタティウスは救はれて福の路に就きウェルギリウス自身は今もリムボにゐて望みなき生をおくる、これ彼は、火をうしろにともして夜行く人の如くわが身に益をえず後の人をさとくす(淨、二二・六七以下)る者なればなり
四〇―四二
【願ひ、望み】神を見るの願ひ、その願ひ成るの望み
四三―四五
【リムボ】(端、縁
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