しものゝ尊まざりしものなりき 一〇三―一〇五
此時この力ある説我をそゝのかして、默すのかへつてあしきを思はしむるにいたれり、我即ちいひけるは、父よ、汝は 一〇六―
わがおちいらんとする罪を洗ひて我を淨むるが故に知るべし、長く約し短く守らば汝高き座《くらゐ》にありて勝利《かち》を稱《とな》ふることをえん ―一一一
我死せる時フランチェスコ來りて我を連《つ》れんとせしに、黒きケルビーニの一《ひとり》彼に曰ひけるは彼を伴ふ勿れ、我に非をなす勿れ 一一二―一一四
彼は下りてわが僕等と共にあるべし、これ僞りの謀を授けしによる、この事ありてより今に至るまで我その髮にとゞまれり 一一五―一一七
悔いざる者は宥さるゝをえず、悔いと願ひとはその相反すること障礙《しやうげ》となりて並び立ちがたし 一一八―一二〇
あゝ憂ひの身なるかな、彼我を捉へて汝は恐らくはわが論理に長《た》くるをしらざりしなるべしといへる時わがをのゝけることいかばかりぞや 一二一―一二三
彼我をミノスにおくれるに、この者|八度《やたび》尾を堅き背に捲き、激しく怒りて之を噛み 一二四―一二六
こは盜む火の罪人等の同囚《なかま》なりといへり、さればみらるゝ如く我こゝに罰をうけてこの衣を着、憂ひの中に歩を《あゆみ》すゝむ 一二七―一二九
さてかく語りをはれる時、炎は歎きつゝその尖れる角をゆがめまた振りて去りゆけり 一三〇―一三二
我もわが導者もともに石橋をわたりて進み、一の濠を蔽へる次の弓門《アルコ》の上にいたれり、この濠の中には 一三三―一三五
分離を釀して重荷を負ふものその負債《おひめ》をつくのへり 一三六―一三八
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第二十八曲
たとひ紲《きづな》なき言《ことば》をもちゐ、またしば/\かたるとも、此時わが見し血と傷とを誰かは脱《おち》なく陳べうべき 一―三
收《をさ》むべきことかく多くして人の言《ことば》記憶には限りあれば、いかなる舌といふとも思ふに必ず盡しがたし 四―六
命運|定《さだめ》なきプーリアの地に、トロイア人《びと》のため、また誤ることなきリヴィオのしるせるごとくいと多くの指輪を 七―
捕獲物《えもの》となせし長き戰ひによりて、そのかみその血を歎ける民みなふたゝびよりつどひ ―一二
またロベルト・グイスカールドを防がんとて刃《やいば》のいたみを覺えし民、プーリア人のすべて不忠となれる處なるチェペラン 一三―
およびターリアコッツォのあたり、乃ち老いたるアーラルドが素手《すで》にて勝利《かち》をえしところにいまなほ骨を積重ぬる者之に加はり ―一八
ひとりは刺されし身ひとりは斷たれし身をみすとも、第九の嚢《ボルジヤ》の汚らはしきさまには較《くら》ぶべくもあらぬなるべし 一九―二一
我見しにひとり頤《おとがひ》より人の放屁する處までたちわられし者ありき、中板《なかいた》または端板《はしいた》を失へる樽のやぶれもげにこれに及ばじ 二二―二四
腸《はらわた》は二の脛《はぎ》の間に垂れ、また内臟と呑みたるものを糞《ふん》となす汚《きたな》き嚢《ふくろ》はあらはれき 二五―二七
我は彼を見んとてわが全心を注ぎゐたるに、彼我を見て手をもて胸をひらき、いひけるは、いざわが裂かれしさまをみよ 二八―三〇
マオメットの斬りくだかれしさまをみよ、頤《おとがひ》より額髮まで顏を斬られて歎きつゝ我にさきだちゆくはアーリなり 三一―三三
そのほか汝のこゝにみる者はみな生ける時不和分離の種を蒔けるものなり、この故にかく截らる 三四―三六
後方《うしろ》に一の鬼ありて、我等憂ひの路をめぐりはつればこの群の中なるものを再び悉く劒の刃《は》にかけ 三七―
かく酷《むご》く我等を裝《よそふ》ふ、我等再びその前を過ぐるまでには傷すべてふさがればなり ―四二
されど汝は誰なりや、石橋の上よりながむるはおもふに汝の自白によりて定められたる罰に就くを延べんためならん 四三―四五
わが師答ふらく、死未だ彼に臨まず、また罪彼を苛責に導くにあらず、たゞその知ること周《あまね》きをえんため 四六―四八
死せる我彼を導いて地獄を過ぎ、圈また圈をつたひてこゝに下るにいたれるなり、この事の眞《まこと》なるはわが汝に物言ふことの眞なるに同じ 四九―五一
此言を聞ける時、あやしみのあまり苛責をわすれ、我を見んとて濠の中に止まれる者その數《かず》百を超えたり 五二―五四
さらば汝ほどなく日を見ることをうべきに、フラー・ドルチンに告げて、彼もしいそぎ我を追ひてこゝに來るをねがはずば 五五―
雪の圍《かこみ》が、たやすく得べきにあらざる勝利《かち》をノヴァーラ人に與ふるなからんため糧食《かて》を身の固《かため》となせといへ ―六〇
すでにゆかんとしてその隻脚《かたあし》をあげし後、マオメットかく我に曰ひ、さて去らんとてこれを地に伸ぶ 六一―六三
またひとり喉を貫かれ、鼻を眉の下まで削《そ》かれ、また耳をたゞ一のみ殘せるもの 六四―六六
衆と共にあやしみとゞまりてうちまもりゐたりしが、その外部《そと》ことごとく紅なる喉吭《のどぶえ》を人よりさきにひらきて 六七―六九
いひけるは、罪ありて罰をうくるにあらず、また近似《により》の我を欺くにあらずば上《うへ》なるラチオの國にてかつて見しことある者よ 七〇―七二
汝歸りてヴェルチェルリよりマールカーボに垂るゝ麗しき野を見るをえば、ピエール・ダ・メディチーナの事を忘れず 七三―七五
ファーノの中のいと善き二人《ふたり》メッセル・グイードならびにアンジオレルロに、我等こゝにて先を見ること徒《いたづら》ならずば 七六―
ひとりの殘忍非道の君信を賣るをもて彼等その船より投げられ、ラ・カットリーカに近く沈めらるべしと知らしめよ ―八一
チープリとマイオリカの二の島の間に、海賊によりても希臘人《アルゴスびと》によりてもかゝる大罪の行はるゝをネッツーノだに未だ見ず 八二―八四
かの一をもて物を見、かつわが同囚《なかま》のひとりにみざりしならばよかりしをとおもはしむる邑《まち》の君なる信なき者 八五―八七
詢《はか》ることありとて彼等を招き、かくしてフォカーラの風のためなる誓ひも祈りも彼等に用なきにいたらしむべし 八八―九〇
我彼に、わが汝の消息《おとづれ》を上《うへ》に齎らすをねがはゞ、見しことを痛みとするは誰なりや我に示しかつ告げよ 九一―九三
この時彼手を同囚《なかま》のひとりの※[#「鰐」の「魚」に代えて「月」、第3水準1−90−51]《あぎと》にかけて口をあけしめ、叫びて、これなり、物いはず 九四―九六
彼は逐はれて後チェーザレに説き、人|備《そなへ》成りてなほためらはゞ必ず損害《そこなひ》をうくといひてその疑ひを鎭めしことありきといふ 九七―九九
かく臆することなく物言ひしクーリオも舌を喉吭《のどぶえ》より切放たれ、その驚き怖るゝさまげにいかにぞや 一〇〇―一〇二
こゝにひとり手を二《ふたつ》ともに斷たれしもの、殘りの腕を暗闇のさにさゝげて顏を血に汚し 一〇三―一〇五
さけびていふ、汝また幸なくも事行はれて輙ち成るといへるモスカをおもへ、わがかくいへるはトスカーナの民の禍ひの種なりき 一〇六―一〇八
この時我は詞を添へて、また、汝の宗族《うから》の死なりきといふ、こゝにおいて憂へ憂ひに加はり、彼は悲しみ狂へる人の如く去れり 一〇九―一一一
されど我はなほ群をみんとてとゞまり、こゝに一のものをみたりき、若しほかに證《あかし》なくさりとて良心 一一二―
(自ら罪なしと思ふ思ひを鎧として人に恐るゝことなからしむる善き友)の我をつよくするあらずば、我は語るをさへおそれしなるべし ―一一七
げに我は首《くび》なき一の體《からだ》の悲しき群にまじりてその行くごとくゆくを見たりき、また我いまもこれをみるに似たり 一一八―一二〇
この者切られし首の髮をとらへてあたかも提燈《ちようちん》の如く之をおのが手に吊《つる》せり、首は我等を見てあゝ/\といふ 一二一―一二三
體《からだ》は己のために己を燈《ともしび》となせるなり、彼等は二にて一、一にて二なりき、かゝる事のいかであるやはかく定むるもの知りたまふ 一二四―一二六
まさしく橋下に來れる時、この者その言《ことば》の我等に近からんため腕を首と共に高く上げたり 一二七―一二九
さてその言にいふ、氣息《いき》をつきつゝ死者を見つゝゆく者よ、いざこの心憂き罰を見よ、かく重きものほかにもあるや否やを見よ 一三〇―一三二
また汝わが消息《おとづれ》をもたらすをえんため、我はベルトラム・ダル・ボルニオとて若き王に惡を勸めし者なるをしるべし 一三三―一三五
乃ち我は父と子とを互に背くにいたらしめしなり、アーキトフェルがアブサロネをよからぬ道に唆《そゝの》かしてダヴィーデに背かしめしも 一三六―
この上にはいでじ、かくあへる人と人とを分てるによりて、わが腦はあはれこの體《からだ》の中なるその根元《もと》より分たれ、しかして我これを携ふ ―一四一
應報の律《おきて》乃ち斯くの如くわが身に行はる 一四二―一四四
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第二十九曲
多くの民もろ/\の傷はわが目を醉はしめ、目はとゞまりて泣くをねがへり 一―三
されどヴィルジリオ我に曰ふ、汝なほ何を凝視《みつむ》るや、何ぞなほ汝の目を下なる幸なき斬りくだかれし魂の間にそゝぐや 四―六
ほかの嚢《ボルジヤ》にては汝かくなさゞりき、もし彼等をかぞへうべしとおもはゞこの溪|周圍《めぐり》二十二|哩《ミーリア》あるをしるべし 七―九
月は既に我等の足の下にあり、我等にゆるされし時はや殘り少なきに、この外にもなほ汝の見るべきものぞあるなる 一〇―一二
我之を聞きて答へて曰ふ、汝わがうちまもりゐたりし事の由《よし》に心をとめしならんには、わがなほ止まるを許し給ひしなるべし 一三―一五
かくかたる間も導者はすゝみ我は答へつゝうしろに從ひ、さらにいひけるは 一六―
わが目をとめし岩窟《いはあな》の中には、おもふにかく價高き罪をいたむわが血縁の一の靈あり ―二一
この時師曰ひけるは、汝今より後思ひを彼のために碎くなかれ、心をほかの事にとめて彼をこゝに殘しおくべし 二二―二四
我は小橋のもとにて彼の汝を指示《さししめ》し、指をもていたく恐喝《おびや》かすを見たり、我またそのジェリ・デル・ベルロと呼ばるゝを聞けり 二五―二七
汝は此時嘗てアルタフォルテの主なりしものにのみ心奪はれたればかしこを見ず、彼すなはち去れるなり 二八―三〇
我曰ふ、わが導者よ、彼はその横死の怨みのいまだ恥をわかつものによりて報いられざるを憤り 三一―
はかるにこれがために我とものいはずしてゆけるなるべし、我またこれによりて彼を憐れむこといよ/\深し ―三六
斯く語りて我等は石橋のうち次の溪はじめてみゆる處にいたれり、光こゝに多かりせばその底さへみえしなるべし 三七―三九
我等マーレボルジェの最後の僧院の上にいで、その役僧等《やくそうたち》我等の前にあらはれしとき 四〇―四二
憂ひの鏃《やじり》をその矢につけし異樣の歎聲《なげき》我を射たれば我は手をもて耳を蔽へり 四三―四五
七月九月の間に、ヴァルディキアーナ、マレムマ、サールディニアの施療所《せれうじよ》より諸※[#二の字点、1−2−22]の病みな一の濠にあつまらば 四六―
そのなやみこの處のごとくなるべし、またこゝより來る惡臭《をしう》は腐りたる身よりいづるものに似たりき ―五一
我等は長き石橋より最後の岸の上にくだり、つねの如く左にむかふにこの時わが目あきらかになりて 五二―五四
底の方《かた》をもみるをえたりき、こはたふとき帝《みかど》の使者《つかひ》なる誤りなき正義がその世に名をしるせる驅者《かたり》等を罰する處なり 五五―五七
思ふに昔エージナの民の悉く病めるをみる悲しみといへども、(この時空に毒滿ちて小さき蟲にいたるまで 五八―
生きとし生けるもの皆斃る、しかして詩人等の眞《まこと》とみなすところによればこの後古の民
蟻の族《やから》よりふたゝびもとのさまにかへさる)
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