《しひた》げざりしや否やを知るべし 一九―二一
わがためには餓《うゑ》の名をえてこののちなほも人を籠《こ》むべき塒《とや》なる小窓が 二二―二四
既に多くの月をその口より我に示せる頃、我はわが行末の幔《まく》を裂きし凶夢を見たり 二五―二七
すなはちこの者|長《をさ》また主《きみ》となりてルッカをピサ人に見えざらしむる山の上に狼とその仔等を逐ふに似たりき 二八―三〇
肉瘠せ氣|燥《はや》り善く馴らされし牝犬《めいぬ》とともにグアンディ、シスモンディ、ランフランキをその先驅《さきて》とす 三一―三三
逐はれて未だ程なきに父も子もよわれりとみえ、我は彼等が鋭き牙にかけられてその傍腹《わきばら》を裂かるゝを見しとおぼえぬ 三四―三六
さて曉に目をさましし時我はともにゐしわが兒等の夢の中に泣きまた麪麭《パン》を乞ふ聲をきゝぬ 三七―三九
若しわが心にうかべる禍ひの兆《きざし》をおもひてなほいまだ悲しまずば汝はげに無情なり、若し又泣かずば汝の涙は何の爲ぞや 四〇―四二
彼等はめさめぬ、糧《かて》の與へらるべき時は近づけり、されど夢のためそのひとりだに危ぶみ恐れざるはなかりき 四三―四五
この時おそろしき塔の下なる戸に釘打つ音きこえぬ、我はわが兒等の顏を見るのみ言《ことば》なし 四六―四八
我は泣かざりき、心石となりたればなり、彼等は泣けり、わがアンセルムッチオ、かく見たまふは父上いかにしたまへるといふ 四九―五一
かくても我に涙なかりき、またわれ答へでこの日この夜をすごし日輪再び世にあらはるゝ時に及べり 五二―五四
微《かすか》なる光憂ひの獄《ひとや》にいりきたりてかの四の顏にわれ自らのすがたをみしとき 五五―五七
我は悲しみのあまり雙手《もろて》を噛めり、わがかくなせるを食《くら》はんためなりとおもひ、彼等俄かに身を起して 五八―六〇
いひけるは、父よ我等をくらひたまはゞ我等の苦痛《いたみ》は却つて輕からむ、この便《びん》なき肉を我等に着せたまへるは汝なれば汝これを剥《は》ぎたまへ 六一―六三
我は彼等の悲しみを増さじとて心をしづめぬ、この日も次の日も我等みな默《もだ》せり、あゝ非情の土よ、汝何ぞ開かざりしや 六四―六六
第四日《よつかめ》になりしときガッドはわが父いかなれば我をたすけたまはざるやといひ、身をのべわがあしもとにたふれて 六七―六九
その處に死にき、かくて五日
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