て救われて行く筋道を、自分の事のように力瘤《ちからこぶ》を入れて読み続けた。ことに世の中の下積《したづみ》になった温柔《おとな》しい人間が、思いがけない幸運に出会ったり、お上《かみ》から御|褒美《ほうび》を戴いたりする場面にぶつかると彼は、人に気付かれるのを恐れるかのように、ソッと眼鏡を拭いながら、二度も三度もくり返して読み直しては、人知れず溜息をするのであった。
 ところが、そのうちにツイ二三日前のこと、フト眼に付いた社会面の大標題《おおみだし》を、何心なく見直してみると、彼は思わずドキンとして、老眼鏡をかけ直した。
 就職運動に逐《お》われているうちに、忘れるともなく忘れていたけれども、モウ、とっくの昔に捕まっているものとばかり思っていた一年前のK村の強盗殺人犯が二人とも、まだ捕まっていないばかりでなく、益々兇暴を逞しくしているのであった。
 倉川家の幸福と共に、彼の運命までも蹂躙《じゅうりん》し去った二人組の黒装束は、若い倉川男爵が、涙のうちに大枚三千円の懸賞金を投出《なげだ》して、復讐を誓ったにも拘わらず、その後三回までも東京郊外を荒しまわって、警視庁の無能を思う存分に嘲笑した
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