うに事件の殊勲者たる睦田老人の事ばかりを主として、堂々たる写真入りで掲載していたので、両方の新聞を読んだ人は思わず微苦笑させられたのであった。
 警視庁に呼出された睦田元巡査は、総監以下、各係長、新聞社員等の立会の上で、倉川男爵の手から三千円の懸賞金を授けられたが、七ツ下りの紋付袴《もんつきはかま》を着けた彼は殆んど歩く力もないくらい青ざめていた。
 それでも辛《かろ》うじて床の上を前の方によろめき出ながら、男爵の感謝の言葉を受けるには受けたが、同時に自分の失態の代償として、大枚のお金を受取る心苦しさを云おうとして云い得なかった彼は、顔の筋肉をヒクヒクと引釣《ひきつ》らせながら、涙をダラダラと流して男爵の顔を見上げた。そうしてトウトウお礼の言葉さえ云い得ないまま、唇を二三度震わしただけで、覚束《おぼつか》ない廻れ右をして引退《ひきさが》ろうとすると、その時に立会っていた総監が、自分の手で渡すべく準備していた金一封を取上げて、
「まだありますぞ……」
 と呼び止めた。
 その声と同時に睦田老人は、ストンと尻餅を突いて気絶してしまった。



底本:「夢野久作全集10」ちくま文庫、筑摩書房
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