はない」
 と口の中でつぶやきながらモウ一度そこいらの暗闇を見まわしたが、なおも念のためにその吸殻《すいがら》を泥靴でゴシゴシと踏みにじって、火の気がないことを確かめてから、老眼鏡をモト通りに、外套の頭巾を頭の上に引上げると、又も角燈を取り上げながらポツリポツリと歩き出した。……すこし睡《ね》むくなりながら……。
 彼は、こうして幾カラットのダイヤモンドにも優《まさ》るスバラシイ幸運を踏みにじって行ったのであった。金口の煙草を、そんな風にして吸う人間がドンナ種類の人間であるか考えたならば……そうしてソンナ種類の人間が、このような真夜中の別荘地帯に無暗《むやみ》に来るものか来ないものかを、その時にチョット考えてみただけでも、彼の一生涯の幸運を取返す筈であったのに……。
 もう五十を越していながら、まだ部長にもなり得ないでいる睦田巡査は、こうして巡廻を続けながら、これぞという功績も過失もなかった平々凡々の彼の巡査生涯を、何度くり返して考え直したか、わからないのであった。何か事件が起るたんびに、こんな仕事は自分に向かないと思ってビクビクしながらも、ただ病身の妻と、大勢の子供が可愛いばっかりに
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