に、睦田老人を召喚して立会わせながら厳重な取調べを行う一方に、別の刑事を飛ばして、品川の女郎屋をシラミ潰しに調べ上げると、鬚男が話した通りの人相の男が、昨年の暮に落籍《ひか》した女の写真が手に入った。……と……その夜のうちに二人の敏腕な刑事が、鬚を剃らして変装さしたルンペンと、女の写真を護って、大阪に急行したのであった。
それから、ちょうど二週間目の夕刊には東京、大阪とも同時に、二人組の強盗が捕まったことを特号標題で報道した。
尤《もっと》も京阪地方の新聞の大多数は、犯人の足が、意外なところから付いたように書立てていた。つまり被害者の家《うち》には申合わせたようにS・S式軽油ストーブが在ったところから、もしやと思って京阪神地方の煖房具店を調査すると果せる哉《かな》、東京から廻送して来た写真の女が開いている軽油ストーブ店が三の宮で発見されると同時に、その店の主人と雇男《やといおとこ》が犯人に相違ないことが判明したものである。しかもこれを白昼に襲撃して一挙に三人を逮捕することが出来たのは、何といっても当局の偉功であると、極力賞讃しているのであったが、これに対して東京の新聞は申合わせたように事件の殊勲者たる睦田老人の事ばかりを主として、堂々たる写真入りで掲載していたので、両方の新聞を読んだ人は思わず微苦笑させられたのであった。
警視庁に呼出された睦田元巡査は、総監以下、各係長、新聞社員等の立会の上で、倉川男爵の手から三千円の懸賞金を授けられたが、七ツ下りの紋付袴《もんつきはかま》を着けた彼は殆んど歩く力もないくらい青ざめていた。
それでも辛《かろ》うじて床の上を前の方によろめき出ながら、男爵の感謝の言葉を受けるには受けたが、同時に自分の失態の代償として、大枚のお金を受取る心苦しさを云おうとして云い得なかった彼は、顔の筋肉をヒクヒクと引釣《ひきつ》らせながら、涙をダラダラと流して男爵の顔を見上げた。そうしてトウトウお礼の言葉さえ云い得ないまま、唇を二三度震わしただけで、覚束《おぼつか》ない廻れ右をして引退《ひきさが》ろうとすると、その時に立会っていた総監が、自分の手で渡すべく準備していた金一封を取上げて、
「まだありますぞ……」
と呼び止めた。
その声と同時に睦田老人は、ストンと尻餅を突いて気絶してしまった。
底本:「夢野久作全集10」ちくま文庫、筑摩書房
1992(平成4)年10月22日第1刷発行
入力:柴田卓治
校正:土屋隆
2008年10月24日作成
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