ない、ちょっと給仕人が手加減を加えても、直ぐに尻を捲くってムクレ返るような旧式の板前は、見る見る路頭に迷い初めた。
しかし読者の味覚は案外に敏感なものである。日増しの材料とアニリン塗料と、サッカリンの味とにいつとなく飽きて来る。もっと生きのいいビタミンに満ち満ちたものが、云わず語らずの中《うち》に慾求されて来る。
実話の流行、新進作家の濫造、座談会の隆盛が、この慾求を満たすべく現われ初めたが、これとてもアニリン、サッカリンで味を占めた店は、真剣なものを作ろうとしない。彼等はお客を馬鹿にして金を儲ける道を知り過ぎている。それがホントの金儲けとさえ信じている向きもある位、資本主義社会の悪習に慣れている。やはりアニリン、サッカリン趣味の名だけの新進創作、実話、座談会を濫造する。
固い、消化の悪い出版が流行《はや》り初めた。もう大抵の読者は胃酸過多になっているらしい。古い古い缶詰めやタクアンが美味《うま》く感ぜられるくらい大衆は胃下垂状態に陥っているらしい。
大衆の読書趣味が行き詰まり初めたようである。何を読んでも面白くなくなって来たようである。
日本が敗けるか勝つか……といった
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