ンチキ》か、懶怠者《ヤクザ》か、喧嘩狂《アマサレ》か、それとも虐殺《ノサレ》覚悟の賭博《カスリ》専門か、海賊間者《クチビ》ぐらいの連中に定《き》まっているのに、この二人に限ってソンナ態度がミジンもない。それこそ見付け物といってもいい位に柔順《すなお》で、無口で、俺(水夫長)の目顔《めづら》ばかり見ながら、スラスラと立ちまわるのだから、薄気味の悪いこと夥しい。ドッチにしてもコンナ荒稼ぎ(密輸入)の船員連中《ボーイズ》と肌が合わないのは、わかり切っているばかりじゃない。給料が又、滅法安かった。どこかの国のスパイじゃないかと思われる位なのを船長は、俺(水夫長)に一言も断らないまま約束《チャーター》してしまったんだから結局、俺の顔を丸潰しにした事になる。
「だから俺は癪《しゃく》に障って癪に障ってたまらなかったんだ。船長の昔なじみ[#「なじみ」に傍点]だか何だか知らねえが、あんな不景気な野郎が、一人半分でもこの船に乗っていると思うと俺あクサクサしちまったもんだ。野郎等二人はドッチミチこの船の貧乏神に違いないんだ。……だから機会《おり》があったら抓《つま》み出してくれようと思っているところへ、ツイこの間の事だ。香港の奥の支那酒場《チンク》の隅ッコで、野郎等二人が飲んでいるところを発見《めっけ》たから大勢のマン中で毒気を吹っかけてくれた。散々《さんざっ》パラ罵倒して、二度と俺の顔《つら》を見られないくらい恥を掻かしてくれたもんだが、それでも野郎等、反抗《てむかい》もしなければ船を降りもしなかった……ノメノメと船長のポケットにブラ下って帰って来やがった……アンナ奴は船乗仲間の面《つら》よごしでこの船の穢《けが》れになるばかりだ……船長もヤキが廻ったらしいからこの船もオシマイだろう……俺がオン出るか船長をタタキ出すか二つに一つだろう……今に見ろ……ドウスルカ……」
……といったような事を喘《あえ》ぎ喘ぎ云いながら水夫長は、寝台《ベッド》の上に引っくり返って、ブランデーをガブガブと喇叭《らっぱ》飲みにしていた。
そうした事情がアラカタわかると、私はソッと室《へや》を辷《すべ》り出た。この仲裁は場違いだと思ったから……。
船長はまだ食堂に残っていた。自分の椅子に反《そ》りかえってマドロスを吹かしながら、マジリマジリと天井のランプを仰いでいたが、私が傍を通っても眉一つ動かさなかった
前へ
次へ
全14ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング