状《パスポート》と一所《いっしょ》に、チャント肌身に付けていたので、然るべき身分の者と思われたらしく、何もかも大切に……蘇蘭《スコットランド》製のコルク・チョッキまでも一緒にして事務長の手に保管して在るから、安心して養生なさい……と云うのであった。
私はそれから急に元気付いた。
ブーレー博士が質問するまにまにポツポツと遭難談を初めたものであるが、話が二人の水夫の幽霊のところまで来ると、不思議にもブーレー博士が一層熱心になって、鼻眼鏡をかけ直しかけ直し謹聴してくれた。そうして話が終ると、ボーイが持って来た美味《うま》い玉子酒をすすめながらコンナ事を云い出した。
「……ヤ……お疲れでしたろう……ところで私はこうして船医を専門にする片手間に、海上の迷信を研究している者ですが……既に二三の著書も刊行しているような次第ですが……その中でも貴方《あなた》のような体験は実に珍らしい実例であると信じます。その幻覚と、現実との重なり合いが劇的にシックリしているばかりでなく、色々な印象が細かい処まで非常にハッキリしている点が、特に面白い参考材料であると思います。……勿論……その幽霊の正体なるものは、学理的立場から見ますと、極めて簡単明瞭なものに過ぎないのですが……」
「……エッ……簡単明瞭……」
と私は思わず叫び出した。流石《さすが》は独逸の学者だけあると感心しながら……。
ブーレー博士は厳《おご》そかにうなずいた。
「……そうです。極めて簡単明瞭な現象に過ぎないのです。お話のような幽霊現象は、遭難海員が屡々《しばしば》体験するところですが、実は、その遭難当時に感得した、一種の幻覚錯覚に外ならないのです」
「……というと……ドンナ事になるのですか」
「……という理由は外《ほか》でもありません。貴方《あなた》はこの船に救い上げられる前後に、暫くの間失神状態に陥っておられたでしょう。現にこのベッドの上に寝られてから今までの間でも、既に九時間以上を経過しておられるのですがね」
「九時間……」
「そうです。……ですから……その間に貴方の脳髄が描き出した夢が、貴方の現実の記憶と交錯したまま、貴方の記憶の中に重なり合って焼き付けられてしまったのです。ちょうど写真の二重曝露式に、シックリとネ……勿論それは極度の疲労と衰弱の結果であることが、学理的に証明出来るのですが……」
「……プッ……バ…
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