…馬鹿なッ……」
 と叫びながら私は起き上ろうとした。トタンに口の中の玉子酒に噎《む》せ返りながらモウ一度、枕の上に引っくり返ってしまった。
「……ゲヘゲヘ……ゲヘンゲヘン……そ……そんな馬鹿な話が……あるものか……アレが夢なら何もかも……夢だ……」
「静かに……静かに……」
「……ぼ……僕と一緒に助かった者はおりませんか……一緒に幽霊を見た……現実の証人が……」
 私は黄色い吸呑《すいのみ》を抱えながらキョロキョロとそこいらを見まわした。この室《へや》には寝台《ベッド》が一つしかないのを知っていながら……。
 しかしブーレー博士は私と反比例に、沈着《おちつ》いた態度で鼻眼鏡を外《はず》した。微笑しいしい両手の指を組み合わせた。
「……イヤ……助かったのは貴方お一人なのです。ほかには船具の破片すら見付からなかったのです」



底本:「夢野久作全集6」ちくま文庫、筑摩書房
   1992(平成4)年3月24日第1刷発行
底本の親本:「瓶詰地獄」春陽堂
   1933(昭和8)年5月15日発行
※底本の「抓《つみ》み出してくれよう」を、「抓《つま》み出してくれよう」に改めました。
入力:柴田卓治
校正:浅原庸子
2004年2月19日作成
青空文庫作成ファイル:
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