入れて、松脂《チャン》やタールでコチンコチンに塗り固めて、大きな銑鉄《せんてつ》の錘《おもり》を付けて、確かに海の底へ沈めた筈の二人の水夫に違いなかった。
 青い夏服をキチンと着た二人の姿は、消毒された時と一|分《ぶ》一|厘《りん》違ってはいなかった。向って右側に立っている水夫の鼻の横に出来ている疵口《きずぐち》が、白くフヤケた一寸四方ばかりの口を開いている向うから、奥歯の金冠が二三本チラチラと光っていた。その疵口は水夫長が手ずから強いアルコールで拭き浄めてやったものであった。
 その水夫は私の顔を見ると、二つの口を歪《ゆが》めてニヤリと笑った。そうして明瞭な英語で、
「……水夫長を連れて行きますよ」
 と云った。その声は二人の運転手も一緒に聞いたのだから間違いない。口の横に大|怪我《けが》をしている人間とは思えない、ハッキリした、静かな口調であった。
 ……轟然一発……。
 私は自分の頭が破裂したのかと思った。振り返ってみると、それは一等運転手が、私の背中越しに、二人の水夫を目がけてピストルを発射したのであった。給仕、水夫、コック、船長などがその音を聞き付けたらしい。
「ドウシタドウシタ」「……どうしたんだ……いったい……」
 と口々に叫びかけながら走り込んで来た。その中には、私達三人を幽霊じゃないかと疑った慌て者も居たそうであるが、これは考えてみると無理もなかった。本物の幽霊はピストルの烟《けむり》と一緒に消え失せてしまって、アトにはウンウン藻掻《もが》いている水夫長の肉体だけが残っていたのだから、説明の仕様がなくなった三人が、三人とも、思い切った珍妙な顔をしていたのは当然である。
 その水夫長の額や手足は、火のように熱くなっていた。取り巻いた連中は皆、チブスに違いないと云いながら処置に困った顔をしていたが、そういううちにも水夫長は真鍮張《しんちゅうば》りの敷居に必死と獅噛《しが》み付いたまま……
「勘弁してくれ勘弁してくれ」
 と叫び続けた。
 後から這入って来た船長が、そうした水夫長の姿をジッと見下していたが、やがて、超然たる態度で咳払いを一つした。
「……三人が飲んだというアノ支那人《チンク》の酒場が怪しかったんだナ。……俺はソウ思う。……厄病神がドッカの隅に隠れてやがったんだ。……そうして三人に取憑《とりつ》きやがったんだナ。俺はソウ思う……」
 とユッ
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