クリユックリ断言しながら、食堂のマン中に引返した。すると、その左右から二人の運転手が近付いて、私と一緒に見た通りの幽霊の姿を報告し初めたので、皆眼を光らして聞いていたが、しかし船長は苦り切ったまま眼を閉じて、腕を組んで棒立ちに突立っているキリであった。そうして二人の言葉が終っても暫くの間、おなじような状態を続けていたが、やがて青い眼をパッチリと開くと、天井の一角を睨みながら薄笑いをした。
「……フフン……恩を仇《あだ》にしやがるんだな……フン。連れて行くなら行ってみろだ。水夫長は死んでも新嘉坡《シンガポール》まで持って行ってくれるからな。アームストロングの推進器《スクリュウ》と、貴様等の幽霊の力とドッチが強いかだ……フフン……」
 二人の運転手が同時に肩をユスリ上げた。申合せたように青白いタメ息を吐《つ》いた。

 船長はその場で命令を下して水夫長の身体《からだ》を、下甲板に在る船長室のスグ横の行李《こうり》部屋兼、化粧室に移させた。あとの消毒と水夫長の介抱は私が引受けたが、これは皆から強いられぬ先に申出たものであった。
 スッカリ片付いた時は日が暮れていたが、同時に嵐の前兆もイヨイヨはっきりとなっていた。デッキを駈けまわる足音が時々きこえて来る。
 小さな丸窓から、厚い硝子《ガラス》越しに時々、音の無い波頭が白く見えるのは、どこかに月が出ているせいであろう。
 流石《さすが》に無鉄砲な私も、そうした光景をジッと見ているうちい、云い知れぬ運命の転変をゾッとする程感じさせられたものであった。同時に何とも知れない恐ろしいものが、室《へや》の中に満ち満ちて来るような感じがしたので、私は思わず身ぶるいをしてポケットの五連発を押えた。それから水夫長の焼けるような額に手を当ててみた。
 その瞬間に入口の扉《ドア》が、ひとり手に開いて真黒な烈風がドッと吹き込んだ。
 私は慌てて扉《ドア》を押えながらシッカリと閉め直したが、その片手間に室内を振り返ってみると……ギョッとした。
 腰が抜けるとはあんな状態をいうのであろう。扉《ドア》の把手《ノッブ》を後手《うしろで》に掴んでヤッと身体《からだ》の重量を支えた。
 二人の水夫が又来ている。ほの赤いランタンの光りの中に、菜《な》ッ葉色《ぱいろ》の作業服がハッキリと浮き出している。何もかも先刻《さっき》の通りの姿で、しかも一人の水夫の片腕が
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