、悩ましさというものはトテモ局外者の想像の及ぶところでは御座いますまい。私達兄弟はお互いに、お互いの気持を知り過ぎる位知り合っているのです。相手の心がソックリそのまま自分の心なのですからドウにもコウにも仕様がないのです。殺し合う事も出来なければ逃げ出す事も出来ませぬ。又レミヤ[#「レミヤ」は太字]はレミヤ[#「レミヤ」は太字]で二人の心を、恋人の敏感さで見透かしながらも、どっちをどうする事も出来ないというような、この世に又とない苦しみに囚われてしまいましたので、そのために三人が三人共、行く末の相談どころでなく、口を利き合う事すら出来ない……さながらに生きながら地獄に堕《お》ちたような有様になってしまいました。
 中にもレミヤ[#「レミヤ」は太字]は同じ姿と、おなじ心と姿の恋人が二人眼の前で睨み合っているという、夢のような恐ろしい事実に、死ぬ程悩まされましたせいか、葬儀が済んでから一週間も経たぬうちに見る眼も気の毒なくらい瘠せ衰えてしまいました。そうしてドッと病床に就いてお医者様のお見舞いを受けるようになりましたが、喰べ物はもとよりの事、お薬も咽喉《のど》に通らないという弱りようで、放ったらかしておいたらば遠からず両親の後を逐うに違いない……同じように私たち二人の幻影に悩まされつつ、あの世に追い立てられて行くに違いない運命が、ハッキリと見え透いて来るようになりました。
「妾は妾の財産をお二人に残して行きます。それだけが、妾のせめてもの心遣りです。どうぞこの財産を妾と思って、お二人で半分半分に分けて、思う存分に使って下さい」
 というような事まで夢うつつに口走るようになって参りました。

       (4)[#「(4)」は縦中横]

 この報告をお医者から聞きますと、私はもう堪まらなくなってしまいました。そうして或る深刻な決心を固めましたので、誰にも知れないように旅行服を身に着けまして、帽子と外套を抱えながら裏口からソッと脱け出そうとしますと、弟も同じ報告を医師から聞いて、同じ考えになったらしく、同じように旅行服を着込んで出て行こうとするところでしたので、二人はゆくりなくも裏門の前でブツカリ合ってしまいました。
 二人は仕方なしに立ち止まったまま、今にも泣き出しそうな苦笑いを交換しました。そうして無言のままハルスカイン[#「ハルスカイン」は太字]家の奥庭の方へ引返して来まして、池の前に在る芝生の上に相並んで腰を下しましたが、そこで久方振りに口を利き合ってみますと、弟も私と同様に「一切を譲り渡す」という手紙を投函して行衛《ゆくえ》を晦《くら》ますつもりであったというのです……。ハルスカイン[#「ハルスカイン」は太字]家の血統が、こうして吾々二人のために咀《のろ》われて、あとかたもなく亡びて行くのをボンヤリ眺めている訳には行かない。……況《いわ》んやその跡に残った巨万の財産を二人で分配するなどいう事は堪えられ得る限りでない……レミヤ[#「レミヤ」は太字]を見殺しにして金持ちになる位なら、一思いに死んだ方が増しではないか……と眼を真赤にしていうのです。
 私はそういう弟の顔を見ているうちに胸が一パイになってしまいました。そうして昔にも増した友情を回復しました二人はその芝生の上で手を取り交《か》わして、膝を組み合わせながら色々と善後策を協議しましたが、イクラ友情を回復してもハルスカイン[#「ハルスカイン」は太字]家の婿定めは依然として不可能で、結局は二人がかりでレミヤ[#「レミヤ」は太字]を見殺しにするより外に方法はないのです。
 二人はそこで又、幾度となく歎息を繰り返しましたが、その中に弟のマチラ[#「マチラ」は太字]は何か思い付いたらしくノート[#「ノート」は太字]の一片を引き裂いて何かしら書き初めました。それを見ると私も、弟の心を察しましたので、同じようにノート[#「ノート」は太字]を引き破って鉛筆を走らせましたが、出来上った文句を交換して、二人が同時に読み下してみますと、揃いも揃ってコンナ意味の事が書いてありました。
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(一)二人は二人とも仮りにアルマチラ[#「マチラ」は太字]と名を附けて同時にレミヤ[#「レミヤ」は太字]の婿になる事。但し、一週間|宛《ずつ》交代にハルスカイン[#「ハルスカイン」は太字]家に泊って養子の役目を果す事。
(二)日曜日は休みにしてレミヤ[#「レミヤ」は太字]を教会に行かせる事。同時に二人は、もとの下宿に落ち合って、一週間の出来事を報告し合って、その晩は下宿に寝る事。
(三)レミヤ[#「レミヤ」は太字]に子供が生れたならば、その生れた日から二百八十日を逆に数えて、その週にハルスカイン[#「ハルスカイン」は太字]家に居た一人が正当の婿となり、内縁の妻レミヤ[#「
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