パリ解からなくなります。……のみならずそうした報告を聞けば聞く程、かねてから娘の婿として、空想していた通りの若者に二人が見えて来ますので、老夫婦はもう夜の眼も寝られぬくらい悩まされ初めたものだそうです。……骰子《さい》コロ投げやトラムプ占い式の残酷な方法で二人の中から一人を選み出すような事は、娘が信心する神様の御名にかけて出来ないし、それかといって昔物語にあるように、娘を賭けて競争をさせるような野鄙《やひ》な事もさせられない。……又、よしんば何とかした都合のよい方法で、二人の中の一人を選み出す事が出来たにしても、取り残された一人の慰めようがないので……事によると、これは神様が娘のレミヤ[#「レミヤ」は太字]を生涯独身で暮させようと思《おぼ》し召す体徴《しるし》ではあるまいか……というような取越苦労が、次から次に湧いて来るので、その悩まされようというものは並大抵でなかったそうです。そうして老夫婦はただこの事ばっかり苦にしたために見る見るうちに眼のふちが黒ずんで、隅々の皮がたるんで、衰弱に衰弱を重ねて行ったあげく、一昨年の秋の初め頃、二人とも聊《いささ》かの時候の変化に犯されたが原因で、相前後して天国へ旅立ってしまいました。しかも二人が二人とも、死ぬが死ぬまで、枕元に集まっている親類たちの顔を見まわして、
「何とかしてアルマ[#「アルマ」は太字]とマチラ[#「マチラ」は太字]の二人の中から娘の婿を選んで下さい。これは神様の思し召しですから……」
「あなた方の智恵にお縋《すが》りします。娘の行く末をお頼み申します」
と繰り返して遺言をしながら、息を引き取ったというのです。
(3)[#「(3)」は縦中横]
自分のために両親の寿命を縮めたレミヤ[#「レミヤ」は太字]の歎きは申すまでもありませぬが、それよりも何よりも、差し詰め困ってしまったのは、後に残った親類たちでした。世の中に厄介といってもこれ位厄介な遺言はないので、如何に智恵者が寄り合ったにしてもモトモト不可能な事は、永久に不可能にきまっているのです。併しそうかといって、さしもの大財産と、妙齢の一人娘を、放ったらかしおく訳にも行かないというので叔父達夫婦の葬式が済んだ後に開かれた親類会議が、何度も何度も行き詰まったり、後戻りをしたりしましたがそのあげく、とうとう思案の行き止まりに誰かがこんな事を云い出しました。
「……これは寧《い》っその事、思い切って、アルマ[#「アルマ」は太字]、マチラ[#「マチラ」は太字]の二人を呼び出して、同時にレミヤ[#「レミヤ」は太字]に引き合わせた方が早道になりはしまいか。そうして三人でトックリと相談をして、二人の中の一人を選む方法を決定させたらどんなものだろうか。今までの話のように第三者の吾々が選むとなるとドッチにしても不都合な点が出来て、怪《け》しからぬ状態に陥り易いが、三人が得心ずくで決める事なら、別に不公平にも不道徳にもならぬではないか、怪しかりようがないではないか。さもなくともイグノラン[#「イグノラン」は太字]兄弟はこの頃音信不通になっているにはいるらしいが、実をいうと故人夫婦に一番近しい親類だから、この際ハルスカイン[#「ハルスカイン」は太字]家の不幸を通知するのが当然の事ではないか。レミヤ[#「レミヤ」は太字]嬢にお悔《くや》みを云わせるのが至当ではないか」
……と……。これを聞きますと親類たちは皆、救け船に出会ったように喜びました。そうして言葉の終るのを待ちかねて、
「成る程それはステキな名案だ」
「どうして今までそこに気付かなかったろう」
「故人夫婦も、それに異存はないだろう」
「いかにもそれがいい……賛成賛成……」
というので、即座に満場一致の可決という事になりました。
私達兄弟が予想しておりました危険な運命は、こうして叔父叔母の死によって、思いがけもなく眼の前の事実となって押し寄せて来たのです。「ハルスカイン[#「ハルスカイン」は太字]家の最近い親類」という理由の下に、親類会議の代表者から否応《いやおう》なしに引っぱり出されて、ハルスカイン[#「ハルスカイン」は太字]家の祭壇の前で、無理やりに久し振りの挨拶を交換すべく余儀なくされましたレミヤ[#「レミヤ」は太字]と私達兄弟はタッタ一眼でもう、絶対の運命に運命づけられてしまったのです。お互いに永劫の敵となって一人の女性を争うべくスタート[#「スタート」は太字]を切らせられてしまったのです。そうしてそれからというものは三人が三人とも、ハルスタイン[#「ハルスタイン」は太字]家の別々の室《へや》に住んで、夜は別々に寝て、昼間は一ツ室で睨み合いながら、味も臭いもわからない山海の珍味を、三度三度|嚥《の》み込まなければならなくなったのです。
その間の恐ろしさと
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