ませんでした。人の噂によりますと、蝶よ花よは愚かな事、ゴムのお庭に水銀の池を湛えむばかり……出来る事ならイエス[#「イエス」は太字]様を家庭教師にしてマリヤ[#「マリヤ」は太字]様を保姆《ほぼ》にしたい位だったそうで、あらん限りの手を尽して育てました甲斐がありましたものか、レミヤ[#「レミヤ」は太字]はだんだんと生長するに連れて、実に絵にも筆にも描けない美しい姿と、指のさしようもない柔順な心を持った娘になって参りました。そうして、両親の大自慢の中に、十七の花の齢を重ねたのがチョウド一昨々年の事で御座いました。
 レミヤ[#「レミヤ」は太字]は実に、世にも比《たぐ》いのない天使の生れがわりで御座いました。その心も「否《ノー》」という言葉を知らないのかと思われるくらい柔和で、両親の言葉に反《そむ》いた事が生れて一度もないばかりでなく、女一通りの学問や、手仕事の勉強は申すも更らなり、毎朝、毎夜のお祈りや、あの固くるしい、長たらしい説教やお祈りをする天主教会への日曜|毎《ごと》の参詣を、物心ついてから一度も欠かした事がないので、年老いた僧正様から「娘のお手本」と賞め千切られる程の信心家で御座いました。
 ハルスカイン[#「ハルスカイン」は太字]老夫婦の娘自慢が、それにつれて、親馬鹿式の有頂天にまで高まって行った事はお話し申し上げる迄も御座いますまい。毎日一着を占める優良馬でも、あれ程には大切にかけられまいと噂される位で御座いましたが、それにつきましても老夫婦が、自分達の老い先の短かい事が日に増しわかれば解かるほど……又はレミヤ[#「レミヤ」は太字]の評判が日を逐《お》うて高まれば高まるほど……出来るだけ早く良い婿を選んで、娘と財産を預けたい。安心して天国へ行きたいとあくがれ願います心も亦《また》、そうした世間の例に洩れませんでしたので、しかもレミヤ[#「レミヤ」は太字]の美しさと、その財産の大きさが世間並外れておりましただけに、そうした心配も世間並を外れていた訳で御座いましょう。まだレミヤ[#「レミヤ」は太字]が年頃にならぬ中から、八方に手をひろげて、及ぶ限りの手段をつくして探し廻わったのですが、サテ探すとなるとナカナカ思い通りに目付《めつ》からないのが一人娘の婿養子だそうです。……わけてもこの両親の註文というのは、あらん限りの贅沢を極めたもので、娘と同等以上の姿と心を持っ
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