た男というのですから到底当世の世の中に見つかるものでは御座いますまい。第一、ハルスカイン[#「ハルスカイン」は太字]老夫婦が知っている限りの若い男で、レミヤ[#「レミヤ」は太字]嬢に恋文を贈らない者は一人も居ないというのですからやり切れませぬ。中には図々しくも直接行動に出て、花束を片手にハルスカイン[#「ハルスカイン」は太字]山荘の玄関に立ったために、ハルスカイン[#「ハルスカイン」は太字]老人からステッキ[#「ステッキ」は太字]を振り廻わされて、這々《ほうほう》の体で逃げ帰った者も尠《すくな》くないという有様で御座いました。
 ところがここに唯一人……否……タッタ二人だけ、レミヤ[#「レミヤ」は太字]嬢に花束も恋文も送らない青年がありました。それは老ハルスカイン[#「ハルスカイン」は太字]氏の死んだ兄の息子たちで、レミヤ[#「レミヤ」は太字]の従兄《いとこ》に当るイグノラン[#「イグノラン」は太字]兄弟……すなわち私たち二人で御座いました。

       (2)[#「(2)」は縦中横]

 私たち兄弟は元来、従妹《いとこ》のレミヤ[#「レミヤ」は太字]と幼友達になっていた者でしたが、その後仔細がありまして、家族全部が都に出ると間もなく、流行病のために両親を喪《うしな》いまして私達兄弟は天涯の孤児となってしまいました。しかし僅かばかり残った財産がありましたから、それを便りにして仲よく勉強を続けておりますと、やっと一昨年の春、揃って商科大学の課程を終りましたので、直ぐに奉公口を探すべくこの町に遣って来たもので御座います。……ですから無論レミヤ[#「レミヤ」は太字]の評判は二人とも知り過ぎる位よく知っていたので御座いますが、それにも拘わらず二人が二人ともレミヤ[#「レミヤ」は太字]に手紙一本出さず、訪問もしなかった……という事につきましては世にも恐ろしい理由があったので御座います。
 ……と申しましただけではお解りになりますまいが……何をお隠し申しましょう。私共、アルマ[#「アルマ」は太字]、マチラ[#「マチラ」は太字]の兄弟は生まれ落ちるとからの双生児で、私の方が後から生まれましたために、今までの習慣に従って、仮りに兄貴と名乗っているにはいるので御座いますが、実は揃いも揃った瓜二つで、声から、眠る時間から、学校の成績から、ネクタイ[#「ネクタイ」は太字]の好みまで、
前へ 次へ
全27ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング