猟奇歌
夢野久作

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)叮嚀《ていねい》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)南|仏蘭西《フランス》の寺の尖塔

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《むし》られた

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)やは/\と
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
−−

殺すくらゐ 何でもない
と思ひつゝ人ごみの中を
濶歩して行く

ある名をば 叮嚀《ていねい》に書き
ていねいに 抹殺をして
焼きすてる心

ある女の写真の眼玉にペン先の
赤いインキを
注射して見る

この夫人をくびり殺して
捕はれてみたし
と思ふ応接間かな

わが胸に邪悪の森あり
時折りに
啄木鳥の来てたゝきやまずも

  *     *     *

此の夕べ
可愛き小鳥やは/\と
締め殺し度く腕のうづくも

よく切れる剃刀を見て
鏡をみて
狂人のごとほゝゑみてみる

高く/\煙突にのぼり行く人を
落ちればいゝがと
街路から祈る

殺すぞ!
と云へばどうぞとほゝゑみぬ
其時フツと殺す気になりぬ

人の来て
世間話をする事が
何か腹立たしく殺し度くなりぬ

今のわが恐ろしき心知るごとく
ストーブの焔
くづれ落つるも

ピストルのバネの手ざはり
やるせなや
街のあかりに霧のふるとき

ぬす人の心を抱きて
大なる煉瓦の家に
宿直をする

かゝる時
人を殺して酒飲みて女からかふ
偉人をうらやむ

人体のいづくに針を刺したらば
即死せむかと
医師に問ひてみる

春の夜の電柱に
身を寄せて思ふ
人を殺した人のまごゝろ

殺しておいて瞼をそつと閉ぢて遣る
そんな心恋し
こがらしの音

ピストルの煙の
にほひばかりでは何か物足らず
手品を見てゐる

ペンナイフ
何時までも銹《さ》びず失くならず
その死にがほの思ひ出と共に

  *     *     *

一番に線香を立てに来た奴が
 俺を…………
………と云うて息を引き取る

若い医者が
 俺の生命を預つたと云うて
ニヤリと笑ひ腐つた

だしぬけに
 血みどろの俺にぶつかつた
あの横路地のくら暗の中で

頭の中でピチンと何か割れた音
 イヒヽヽヽヽ
……と……俺が笑ふ声

白い乳を出させようとて
 タンポヽを引き切る気持ち
彼女の腕を見る

棺の中で
 死人がそつと欠伸《あくび》した
その時和尚が咳払ひした

抱きしめる
 その瞬間にいつも思ふ
あの泥沼の底の白骨

ニセ物のパスで
 電車に乗つてみる
超人らしいステキな気持ち

青空の隅から
 ジツト眼をあけて
俺の所業を睨んでゐる奴

自転車の死骸が
 空地に積んである
乗つてゐた奴の死骸も共に

闇の中から血まみれの猿が
 ヨロ/\とよろめきかゝる
俺の良心

監獄に
 はいらぬ前も出た後も
同じ青空に同じ日が照つてゐる

白い蝶が線路を遠く横切つて
 汽車がゴーと過ぎて
血まみれの恋が残る

見てはならぬものを見てゐる
 吾が姿をニヤリと笑つて
ふり向いて見る

真夜中に
 心臓が一寸休止する
その時にこはい夢を見るのだ

枕元の花に薬をそゝぎかけて
 ほゝゑむでねむる
肺病の娘

倉の壁の木の葉が
 幽霊の形になつて
生血がしたゝる心臓が
切り出されたまゝ

  *     *     *

けふも沖が
 あんなに青く透いてゐる
  誰か溺れて死んだだんべ

水の底で
 胎児は生きて動いてゐる
  母体は魚に喰はれてゐるのに

日が暮れかゝると
 わが首を斬る刃に見えて
  生血がしたゝる監房の窓

あの娘を空屋で殺して置いたのを
 誰も知るまい
  藍色の空

地平線になめくぢのやうな雲が出て
 見まいとしても
  何だか気になる

血だらけの顔が
 沼から這ひ上る
  俺の先祖に斬られた顔が

唖の女が
 口から赤ん坊生んだゲナ
  その子の父の袖をとらへて

ドラツグの蝋人形の
 全身を想像してみて
  冷汗ながす

自分が轢いた無数の人を
 ウツトリと行く手にゑがく
  停電の運転手 動いてゐる
 さても得意気にたつた一人で

暗の中で
 俺と俺とが真黒く睨み合つた儘
  動くことが出来ぬ

すれちがつた今の女が
 眼の前で血まみれになる
  白昼の幻想

自惚《うぬぼ》れの錯覚すなはち恋だから
 子供は要らない
  ザマア見やがれ

ピストルが俺の眉間を睨みつけて
 ズドンと云つた
  アハハのハツハ

毎日毎日
 向家の屋根のペンペン草を
  見てゐた男が狂人であつた

夏木立ヒツソリとして
 ぬす人の心の色に
  月の傾むく

カルモチンを紙屑籠に投げ入れて
 又取り出して
  ジツと見つめる

色の白い美しい子を
 何となくイヂメて見たさに
  仲よしになる

  *     *     *

森中の枯れ木は
ひとり芽を吹かず
一心こめた毒茸を生やす

狼が人間の骨を
ふり返り/\去り
冬の日しづむ

妖怪に似た生あたゝかい
我が腹を撫でまはしてみる
春の夜のつれ/″\

自殺やめて
壁をみつめてゐるうちに
フツと出て来た生あくび一つ

交番の巡査が
一つ咳をした
霜の夜更けに俺が通つたら

伯父さんへ
此の剃刀を磨いでよと
継子が使ひに来る雪の夕

死に度い心と死なれぬ心と
互ひちがひに
落ち葉踏みゆく/\

埋められた死骸はつひに見付からず
砂山をかし
青空をかし

知らぬ存ぜぬ一点張りで
行くうちに可笑しくつて
空笑ひが出た

海にもぐつて
赤と緑の岩かげに吾が心臓の
音をきいてゐる

此の顔はよも
犯人に見えまいと
鏡のぞいてたしかめてみる

毒茸がひとり
茶色の粉を吹く
何事もよく暮るゝ秋の日

彼女の胸に
此の短剣が刺さる時
ふさはしい色に春の陽しづめ

美しく毛虫がもだえて
這ひまはる硝子《ガラス》の瓶の
夏の夕ぐれ

  *     *     *

何者か殺し度い気持ち
たゞひとり
アハ/\/\と高笑ひする

屠殺所に
暗く音なく血が垂れる
真昼のやうな満月の下

風の音が高まれば
又思ひ出す
溝に棄てゝ来た短刀と髪毛

殺しても/\まだ飽き足らぬ
憎い彼女の
横頬のほくろ

日が照れば
子供等は歌を唄ひ出す
俺は腕を組んで
反逆を思ふ

わるいもの見たと思うて
立ち帰る 彼女の室の
※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《むし》られた蝶

わが心狂ひ得ぬこそ悲しけれ
狂へと責むる
鞭をながめて

  *     *     *

うつゝなく人を仏になし給へ
み佩刀《はかせ》近く
呑《のみ》まゐらする

君の眼はあまりに可愛ゆし
そんな眼の小鳥を
思はず締めしことあり

彼女を先づ心で殺してくれようと
見つめておいて
ソツト眼を閉ぢる

蛇の群れを生ませたならば
………なぞ思ふ
取りすましてゐる少女を見つゝ

頭の無い猿の形の良心が
女と俺の間に
寝てゐる

フト立ち止まる
人を殺すにふさはしい
煉瓦の塀の横のまひる日

欲しくもない
トマトを少し噛みやぶり
赤いしづくを滴らしてみる

幽霊のやうに
まじめに永久に
人を咀ふ事が出来たらばと思ふ

観客をあざける心
舞ひながら仮面の中で
舌を出してみる

  *     *     *

何故に
草の芽生えは光りを慕ひ
心の芽生えは闇を恋ふのか

殺したくも殺されぬ此の思ひ出よ
闇から闇に行く
猫の声

放火したい者もあらうと思つたが
それは俺だつた
大風の音

眼の前に断崖が立つてゐる
悪念が重なり合つて
笑つて立つてゐる

獣のやうに女に飢ゑつゝ
神のやうに火にあたりつゝ
あくびする俺

清浄の女が此世に
あると云ふか……
影の無い花が
此世にあると云ふのか

ぐる/\/\と天地はめぐる
だから俺も眼がくるめいて
邪道に陥ちるんだ

ばくち打つ
妻も子もない身一つを
ザマア見やがれと嘲つて打つ

  *     *     *

自殺しようか
どうしようかと思ひつゝ
タツタ一人で玉を撞いてゐる

にんげんが
皆良心を無くしつゝ
夜のあけるまで
ダンスをしてゐる

独り言を思はず云つて
ハツとして
気味のわるさに
又一つ云ふ

誰か一人
殺してみたいと思ふ時
君一人かい…………
………と友達が来る

号外の真犯人は
俺だぞ………と
人ごみの中で
怒鳴つてみたい

飛びだした猫の眼玉を
押しこめど
ドウしても這入らず
喰ふのをやめる

メスの刃が
お伽ばなしを読むやうに
ハラワタの色を
うつして行くも

五十銭貰つて
一つお辞儀する
盗めば
お辞儀せずともいゝのに

人間の屍体を見ると
何がなしに
女とフザケて笑つてみたい

  *血潮したゝる

闇の中に闇があり
又闇がある
その核心から
血潮したゝる

骸骨が
曠野をひとり辿り行く
行く手の雲に
血潮したゝる

教会の
彼の尖塔の真上なる
青い空から
血しほしたゝる

洋皿のカナリアの絵が
真二つに
割れたとこから
血しほしたゝる

すれ違つた白い女が
ふり返つて笑ふ口から
血しほしたゝる

真夜中の
三時の文字を
長針が通り過ぎつゝ
血しほしたゝる

水薬を
花瓶に棄てゝアザミ笑ふ
肺病の口から
血しほしたゝる

日の影が死人のやうに
縋り付く倉の壁から
血しほしたゝる

たはむれに
タンポヽの花を引つ切れば
牛乳のやうな血しほしたゝる

大詰めの
アンチキシヤウの美くしさ
赤いインキの血しほしたゝる

  *     *     *

この沼は
底無し沼か
殺人屍体を呑んでるぞと
アブクを吐く

夏なほ寒い
杉の森
はてしない迷路のやうに
行つても 行つても
出口がわからぬ

夕餉の焚火は燃え墜ちたが
テントに
誰も帰つて来ない
黄昏――

とこしなへに
跛の盲が
大なる円を描いて
沙漠をさまよふ

この貝殻
あまりにも美しい輝き
キツト
何人かの人を殺した
毒をもつてゐるのだらう

脅えつゞけた
ブルジヨアの豚腹に
火事の人出の轟き
デモだ! と思つて死んでしまつた

ゴミ箱を漁つてゐる犬が
俺を殺した
――魚の腸をくはへ出したぞ

人を轢いた電車
その中では
赤ン坊が
小便たれて泣き出した

  *     *     *

トラムプのハートを刺せば
黒い血が……
クラブ刺せば……
赤い血が出る

ストーブがトロ/\と鳴る
忘れてゐた罪の思ひ出が
トロ/\と鳴る

雪だつた
ストーブの火を見つめつゝ
殺した女を
思うたその夜は……

死刑囚が
眼かくしをされて
微笑したその時
黒い後光がさした

子供等が
相手の瞳にわが瞳をうつして遊ぶ
おびえごゝろに

やは肌の
熱き血しほを刺しもみで
さびしからずや
悪を説く君

夕ぐれは
人の瞳の並ぶごとし
病院の窓の
向うの軒先

真夜中に
枕元の壁を撫でまはし
夢だとわかり
又ソツと寝る

親の恩を
一々感じて行つたなら
親は無限に愛しられまい

屍体の血は
コンナ色だと笑ひつゝ
紅茶を
匙でかきまはしてみせる

梅毒と
女が泣くので
それならば
生かして置いてくれようかと思ふ

紅い日に煤煙を吐かせ
青い月に血をしたゝらせて
画家が笑つた

黒い大きな
吾が手を見るたびに
美しい真白い首を
掴み絞め度くなる

闇の中を誰か
此方を向いて来る
近づいてみると
血ダラケの俺……

投げこんだ出刃と一所に
あの寒さが残つてゐよう
ドブ溜の底

煙突が
ドン/\煙を吐き出した
あんまり空が清浄なので……

雪の底から抱へ出された
仏様が
風にあたると
眼をすこし開けた

病人は
イヨ/\駄目と聞いたので
枕元の花の
水をかへてやる

  *     *     *

宇宙線がフンダンに来て
イラ/\と俺の心を
キチガヒにしかける

隣室に誰か来たぞと盲者が云ふ
妻は行き得ず
ジツト耳を澄ます

眼が開いたら
芝居
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