を見ると盲者が云ふ
その顔を見て妻が舌を出す

血圧が
次第々々に高くなつて
頸動脈を截り度くなるも

インチキを承知の上で
賭博打つ国際道徳を
なつかしみ想ふ

二人の恋に
ポツンと打つたピリオツド
ジツト考へて紙を突き破る

日本晴れの日本の町を
支那人が行く
「それがどうした」
「どうもしないさ」

キリストが
或る時コンナ予言をした
俺を抹殺するものがある……と

妻を納めた柩《ひつぎ》の中から
マザ/\と俺の体臭が匂つて来る
深夜……………………

  *     *     *

透明な硝子の探偵が
前に在り うしろにも在り
秋晴れの町

月のよさに吾が恋人を
蹴殺せし愚かものあり
貫一といふ

自分より優れた者が
皆死ねばいゝにと思ひ
鏡を見てゐる

キリストは馬小屋で生れた
お釈迦様はブタゴヤで生まれた
と……子供が笑ふ

十六吋主砲の
真向うの大空が
真赤に/\燃えてしたゝる

キツト死ぬ
医師会長の空椅子に
白い新しいカヴアがかゝつた

羽子板の羽二重の頬
なつかしむ稚《おさ》な心に
針をさしてみる

腸詰に長い髪毛が交つてゐた
ジツト考へて
喰つてしまつた

恐怖劇が
チツトモ怖くなくなつた
一所に見てゐる女が怖くなつた

古着屋に
女の着物が並んでゐる
売つた女の心が並んでゐる

今日からは別人だぞと反り返る
それが昨日の俺だつた
馬鹿……………

  *     *     *

冬の風つめたく晴れて
木の空に
大根の死骸かぎりなし

天人が
どこかの森へ落ちたらしい
シインとしてゐる春の真昼中

白塗りのトラツクが街をヒタ走る
何処までも/\
真赤になるまで

これが女給
こちらが女優の尻尾です
チヨツト見分けがつかないでせう

レコードの割れ目を
針が辷る時
歌つてゐる奴の冷笑が見える

地獄座のフツトライトが
北極光さ
悔い改めよといふ意味なのさ

黄道光は
空の女神の脚線美さ
だから滅多にあらはれないのさ

恋愛禁断の場所が
今の世に在るといふ
床の間の在るお座敷がソレだと……

女を囮《おとり》に
脱獄囚を捕まへた
脱獄囚よりも残忍な警官

十七歳の少女の墓を発見して
頭を撫でゝ
お辞儀して遣る

脱獄囚を逐うて
警官が野を横切る
脱獄囚がアトから横切る

打ち明けて云はれた時に
ドウしたらいゝのと
娘が母に聞いてみる

泣き濡れた
その美しい未亡人が
便所の中でニコ/\して居る

姙娠した彼女を思ひ
唾液を吐く
黄色い月がさしのぼる時

笹の間にサヤ/\のぼる冬の月
真実々々
薄血したゝる

白い赤い
大きなお尻を並べて見せる
ナアニ八百屋の店の話さ

  *うごく窓

病院の何処かの窓が
たゞ一つ眼ざめて動く
雪の深夜に――

駅員が居睡りしてゐる
真夜中に
骸骨ばかりの列車が通過した

母の腹から
髪毛と歯だけが切り出された
さぞ残念な事であつたらう

梟が啼いた
イヤ梟ぢや無いといふ
真暗闇に佇む二人

吹き降りの踏切で
人が轢死した
そのあくる日はステキな上天気

  *うごく窓

白き陽は彼の断崖と
朝な/\
冷笑しかはしのぼり行くかな

地下室に
無数の瓶が立並び
口を開けて居り呼吸をせずに

ひれ伏した乞食に人が銭を投げた
しかし乞食は
モウ死んでゐた

嫁の奴
すぐにお医者に走つて行く
わしが病気の時に限つて

ラムネ瓶に
蠅が迷うて死ぬやうに
彼女は百貨店で万引をした

晴れ渡る青空の下に
鉄道が死の直線を
黒く引いてゐる

草蔭するどく黒く地に泌みて
物音遠き
死骸の周囲

  *地獄の花

火の如きカンナの花の
咲き出づる御寺の庭に
地獄を思ふ

昨日までと思うた患者が
まだ生きて
今朝の大雪みつめて居るも

お月様は死んでゐるの
と児が問へば
イーエと母が答へけるかな

胃袋の空つぽの鷲が
電線に引つかゝつて死んだ
青い/\空

踏切にジツと立ち止まる人間を
遠くから見てゐる
白昼の心

青空の冷めたい心が
貨物車を
地平線下に吸ひ込んでしまつた

自分自身の葬式の
行列を思はする
野の涯に咲くのいばらの花

  *死

自殺しても
悲しんで呉れる者が無い
だから吾輩は自殺するのだ

馬鹿にされる奴が一番出世する
だから
自殺する奴がエライのだ

何遍も自殺し損ねて生きてゐる
助けた奴が
皆笑つてゐる

あたゝかいお天気のいゝ日に
道ばたで乞食し度いと
皆思つてゐる

悟れば乞食
も一つ悟れば泥棒か
も一つ悟ればキチガヒかアハハ

致死量の睡眠薬を
看護婦が二つに分けて
キヤツキヤと笑ふ

振り棄てた彼女が
首を縊《くく》つた窓
蒲団かむればハツキリ見える

  *見世物師の夢

満洲で人を斬つたと
微笑して
肥えふとりたる友の帰り来る

明るい部屋で
冷めたい帽子を冠つたら
殺した友の顔を思ひ出した

ずつと前殺した友へ
根気よく年賀状を出す
愚かなる吾

広重は
惨殺屍体の上にある
真青な空の色を記憶した

煉瓦塀を仰げば
青い/\空
殺人囚がホツとする空

病死した友の代りに返事した
先生は知らずに
出席簿を閉ぢた

秋まひる静かな山路に
堪へ兼ねて追剥《おいはぎ》を
した人は居ないか

人頭蛇を生ませてみたいと
思ひつゝ女と寝てゐる
若い見世物師

  *     *     *

青空に突き刺さり/\
血をたらす
南|仏蘭西《フランス》の寺の尖塔

夜の風に
紙片が地を匍ふて行く
死人の門口でピタリと止まる

真鍮のイーコン像から
蝋細工のレニンの死体へ
迷信転向

  *白骨譜

死刑囚は
遂に動かずなり行けど
栴檀《せんだん》の樹の蝉は啼きやまず

神様の鼻は
真赤に爛れてゐる
だから姿をお見せにならないのだ

一瓶の白き錠剤
かぞへおはり
窓の青空じつと見つむる

浜名湖の鉄橋渡る列車より
フト……
飛降りてみたくなりしかな

天井の節穴
われを睨むごとし
わが旧悪を知り居るごとし

青空は罪深きかよ
虻《あぶ》や蜻蛉
お倉の白壁にぶつかつて死ぬ

盲人がニコ/\笑つて
自宅へ帰る
着物の裾に血を附けたまゝ

よそのヲヂサンが
汽車に轢かれて死んでたよ
帰つて来ないお父さんかと思つたよ

将軍塚
将軍の骨が棺の中で錆びた刀を
抜きかけてゐた

  *     *     *

青空はブルーブラツク
三日月は死の唄を書く
ペン先かいな

大理石の伽藍の如き頭蓋骨が
荘厳に微笑む
南極の海

ほの暗く
はるかな国離れ来て
桐の若葉に
さゆらぐ悪魔

  *     *     *

わが罪の思ひ出に似た
貨物車が犇きよぎる
白の陽の下

ぬかるみは果てしもあらず
微笑して
彼女の文を千切り棄てゆく

ニヤ/\と微笑しながら跟《つ》いて来る
もう一人の我を
振返る夕暮

  *     *     *

日も出でず
月も入らざる地平線が
心の涯にいつも横たはる

うなだれて
小暗き町へ迷ひ入り
獣の如く呻吟してみる

社長室の片隅に
黒く凋れ行く
赤いタイピストの形見のチユーリツプ

  *     *     *

体温器窓に透かして眺め入る
死に度いと思ふ
心を透かし見る

タツタ一つ
罪悪を知らぬ瞳があつた
残虐不倫な狂女の瞳《め》だつた

冬空が絶壁の様に屹立してゐる
そのコチラ側に
罪悪が在る

  *     *     *

無限に利く望遠鏡を
覗いてみた
自分の背中に蠅が止まつてゐた

真鍮製の向日葵の花を
庭に植ゑた
彼の太陽を停止させる為

  *     *     *

おしろいの夜の香よりも
真黒なる夜の血の香を
恋し初めしか

失恋した男の心が
剃刀でタンポヽの花を
刻んで居るも

  *     *     *

世の中の坊主が
足りなくなつてゆく
医学博士がアンマリ殖えるので

郊外の野山は
都会より残忍だ
静かに美しく微笑してゐるから

深海の盲目の魚が
恋しいと歌つた牧水も
死んでしまつた

  *     *     *

非常汽笛
汽車が止まると犯人が
ニツコリ笑つて麦畑を去る

汽缶車が
だん/\大きくなつて来る
菜種畑の白昼の恐怖

  *     *     *

毒薬と花束と
美人の死骸を積んだ
フルスピードの探偵小説

  *     *     *

木の芽草の芽伸び上る中に
吾心伸び上りかねて
首を縊るも

波際の猫の死骸が
乾燥して薄目を開いて
夕日を見てゐる

自殺しに吾が来かゝれば
白い猫が線路の闇を
ソツと横切る

春風が
先づ探偵を吹き送り
アトから悠々と犯人を吹き送る

涯てしなく並ぶ土管が
人間の死骸を
一つ喰べ度いと云ふ

冬空にヂン/\と鳴る電線が
死報の時だけ
ヒツソリとなる

犯人の帽子を
巡査が拾ひ上げて
又棄てゝ行く
春の夕暮

血のやうに黒いダリヤを
凝視して少女が
ホツとため息をする

山の奥で仇讐同志がめぐり合つた
誰も居ないので
仲直りした

  *     *     *

殺人狂が
針の無い時計を持つてゐた
殺すたんびにネヂをかけてゐた

脳髄が二つ在つたらばと思ふ
考へてはならぬ
事を考へるため

日の光り
腹の底まで吸ひ込んで
骨となりゆく行路病人

何もかも性に帰結するフロイドが
天体鏡で
女湯を覗く

  *     *     *

風に散る木の葉の中の
悪党が
池の向側に高飛びをする

囚人が
アハハと笑つてなぐられた
アハハと笑つて囚人が死んだ

中風の姑は何でも知つてゐる
死に度いと思ふ
妾の心まで

北極に行つて帰らぬ人々が
誰よりもノンキに
欠伸してゐる

石コロが広い往来の中央で
歯噛みして居る
ポンと蹴つて遣る

一里ばかり撫でまはして来た
なつかしい石コロを
フト池に投げ込む



底本:「夢野久作全集3」ちくま文庫、筑摩書房
   1992(平成4)年8月24日第1刷発行
入力:柴田卓治
校正:久保あきら
2000年5月6日公開
2006年3月11日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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