溺れて死んだだんべ

水の底で
 胎児は生きて動いてゐる
  母体は魚に喰はれてゐるのに

日が暮れかゝると
 わが首を斬る刃に見えて
  生血がしたゝる監房の窓

あの娘を空屋で殺して置いたのを
 誰も知るまい
  藍色の空

地平線になめくぢのやうな雲が出て
 見まいとしても
  何だか気になる

血だらけの顔が
 沼から這ひ上る
  俺の先祖に斬られた顔が

唖の女が
 口から赤ん坊生んだゲナ
  その子の父の袖をとらへて

ドラツグの蝋人形の
 全身を想像してみて
  冷汗ながす

自分が轢いた無数の人を
 ウツトリと行く手にゑがく
  停電の運転手 動いてゐる
 さても得意気にたつた一人で

暗の中で
 俺と俺とが真黒く睨み合つた儘
  動くことが出来ぬ

すれちがつた今の女が
 眼の前で血まみれになる
  白昼の幻想

自惚《うぬぼ》れの錯覚すなはち恋だから
 子供は要らない
  ザマア見やがれ

ピストルが俺の眉間を睨みつけて
 ズドンと云つた
  アハハのハツハ

毎日毎日
 向家の屋根のペンペン草を
  見てゐた男が狂人であつた

夏木立ヒツソリとして
 ぬす人の心の
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