たゝる

  *     *     *

この沼は
底無し沼か
殺人屍体を呑んでるぞと
アブクを吐く

夏なほ寒い
杉の森
はてしない迷路のやうに
行つても 行つても
出口がわからぬ

夕餉の焚火は燃え墜ちたが
テントに
誰も帰つて来ない
黄昏――

とこしなへに
跛の盲が
大なる円を描いて
沙漠をさまよふ

この貝殻
あまりにも美しい輝き
キツト
何人かの人を殺した
毒をもつてゐるのだらう

脅えつゞけた
ブルジヨアの豚腹に
火事の人出の轟き
デモだ! と思つて死んでしまつた

ゴミ箱を漁つてゐる犬が
俺を殺した
――魚の腸をくはへ出したぞ

人を轢いた電車
その中では
赤ン坊が
小便たれて泣き出した

  *     *     *

トラムプのハートを刺せば
黒い血が……
クラブ刺せば……
赤い血が出る

ストーブがトロ/\と鳴る
忘れてゐた罪の思ひ出が
トロ/\と鳴る

雪だつた
ストーブの火を見つめつゝ
殺した女を
思うたその夜は……

死刑囚が
眼かくしをされて
微笑したその時
黒い後光がさした

子供等が
相手の瞳にわが瞳をうつして遊ぶ
おびえごゝろに

やは肌の
熱き血しほを刺しもみで
さびしからずや
悪を説く君

夕ぐれは
人の瞳の並ぶごとし
病院の窓の
向うの軒先

真夜中に
枕元の壁を撫でまはし
夢だとわかり
又ソツと寝る

親の恩を
一々感じて行つたなら
親は無限に愛しられまい

屍体の血は
コンナ色だと笑ひつゝ
紅茶を
匙でかきまはしてみせる

梅毒と
女が泣くので
それならば
生かして置いてくれようかと思ふ

紅い日に煤煙を吐かせ
青い月に血をしたゝらせて
画家が笑つた

黒い大きな
吾が手を見るたびに
美しい真白い首を
掴み絞め度くなる

闇の中を誰か
此方を向いて来る
近づいてみると
血ダラケの俺……

投げこんだ出刃と一所に
あの寒さが残つてゐよう
ドブ溜の底

煙突が
ドン/\煙を吐き出した
あんまり空が清浄なので……

雪の底から抱へ出された
仏様が
風にあたると
眼をすこし開けた

病人は
イヨ/\駄目と聞いたので
枕元の花の
水をかへてやる

  *     *     *

宇宙線がフンダンに来て
イラ/\と俺の心を
キチガヒにしかける

隣室に誰か来たぞと盲者が云ふ
妻は行き得ず
ジツト耳を澄ます

眼が開いたら
芝居を見ると盲者が云ふ
その顔を見て妻が舌を出す

血圧が
次第々々に高くなつて
頸動脈を截り度くなるも

インチキを承知の上で
賭博打つ国際道徳を
なつかしみ想ふ

二人の恋に
ポツンと打つたピリオツド
ジツト考へて紙を突き破る

日本晴れの日本の町を
支那人が行く
「それがどうした」
「どうもしないさ」

キリストが
或る時コンナ予言をした
俺を抹殺するものがある……と

妻を納めた柩《ひつぎ》の中から
マザ/\と俺の体臭が匂つて来る
深夜……………………

  *     *     *

透明な硝子の探偵が
前に在り うしろにも在り
秋晴れの町

月のよさに吾が恋人を
蹴殺せし愚かものあり
貫一といふ

自分より優れた者が
皆死ねばいゝにと思ひ
鏡を見てゐる

キリストは馬小屋で生れた
お釈迦様はブタゴヤで生まれた
と……子供が笑ふ

十六吋主砲の
真向うの大空が
真赤に/\燃えてしたゝる

キツト死ぬ
医師会長の空椅子に
白い新しいカヴアがかゝつた

羽子板の羽二重の頬
なつかしむ稚《おさ》な心に
針をさしてみる

腸詰に長い髪毛が交つてゐた
ジツト考へて
喰つてしまつた

恐怖劇が
チツトモ怖くなくなつた
一所に見てゐる女が怖くなつた

古着屋に
女の着物が並んでゐる
売つた女の心が並んでゐる

今日からは別人だぞと反り返る
それが昨日の俺だつた
馬鹿……………

  *     *     *

冬の風つめたく晴れて
木の空に
大根の死骸かぎりなし

天人が
どこかの森へ落ちたらしい
シインとしてゐる春の真昼中

白塗りのトラツクが街をヒタ走る
何処までも/\
真赤になるまで

これが女給
こちらが女優の尻尾です
チヨツト見分けがつかないでせう

レコードの割れ目を
針が辷る時
歌つてゐる奴の冷笑が見える

地獄座のフツトライトが
北極光さ
悔い改めよといふ意味なのさ

黄道光は
空の女神の脚線美さ
だから滅多にあらはれないのさ

恋愛禁断の場所が
今の世に在るといふ
床の間の在るお座敷がソレだと……

女を囮《おとり》に
脱獄囚を捕まへた
脱獄囚よりも残忍な警官

十七歳の少女の墓を発見して
頭を撫でゝ
お辞儀して遣る

脱獄囚を逐うて
警官が野を横切る
脱獄囚がアトから横切る

打ち明けて云はれた時に
ドウしたらいゝのと
娘が母に聞いてみる

泣き濡れ
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