色に
  月の傾むく

カルモチンを紙屑籠に投げ入れて
 又取り出して
  ジツと見つめる

色の白い美しい子を
 何となくイヂメて見たさに
  仲よしになる

  *     *     *

森中の枯れ木は
ひとり芽を吹かず
一心こめた毒茸を生やす

狼が人間の骨を
ふり返り/\去り
冬の日しづむ

妖怪に似た生あたゝかい
我が腹を撫でまはしてみる
春の夜のつれ/″\

自殺やめて
壁をみつめてゐるうちに
フツと出て来た生あくび一つ

交番の巡査が
一つ咳をした
霜の夜更けに俺が通つたら

伯父さんへ
此の剃刀を磨いでよと
継子が使ひに来る雪の夕

死に度い心と死なれぬ心と
互ひちがひに
落ち葉踏みゆく/\

埋められた死骸はつひに見付からず
砂山をかし
青空をかし

知らぬ存ぜぬ一点張りで
行くうちに可笑しくつて
空笑ひが出た

海にもぐつて
赤と緑の岩かげに吾が心臓の
音をきいてゐる

此の顔はよも
犯人に見えまいと
鏡のぞいてたしかめてみる

毒茸がひとり
茶色の粉を吹く
何事もよく暮るゝ秋の日

彼女の胸に
此の短剣が刺さる時
ふさはしい色に春の陽しづめ

美しく毛虫がもだえて
這ひまはる硝子《ガラス》の瓶の
夏の夕ぐれ

  *     *     *

何者か殺し度い気持ち
たゞひとり
アハ/\/\と高笑ひする

屠殺所に
暗く音なく血が垂れる
真昼のやうな満月の下

風の音が高まれば
又思ひ出す
溝に棄てゝ来た短刀と髪毛

殺しても/\まだ飽き足らぬ
憎い彼女の
横頬のほくろ

日が照れば
子供等は歌を唄ひ出す
俺は腕を組んで
反逆を思ふ

わるいもの見たと思うて
立ち帰る 彼女の室の
※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《むし》られた蝶

わが心狂ひ得ぬこそ悲しけれ
狂へと責むる
鞭をながめて

  *     *     *

うつゝなく人を仏になし給へ
み佩刀《はかせ》近く
呑《のみ》まゐらする

君の眼はあまりに可愛ゆし
そんな眼の小鳥を
思はず締めしことあり

彼女を先づ心で殺してくれようと
見つめておいて
ソツト眼を閉ぢる

蛇の群れを生ませたならば
………なぞ思ふ
取りすましてゐる少女を見つゝ

頭の無い猿の形の良心が
女と俺の間に
寝てゐる

フト立ち止まる
人を殺すにふさはしい
煉瓦の塀の横のまひる日

欲しくもない
トマトを少し噛みやぶり
赤いしづくを滴らしてみる

幽霊のやうに
まじめに永久に
人を咀ふ事が出来たらばと思ふ

観客をあざける心
舞ひながら仮面の中で
舌を出してみる

  *     *     *

何故に
草の芽生えは光りを慕ひ
心の芽生えは闇を恋ふのか

殺したくも殺されぬ此の思ひ出よ
闇から闇に行く
猫の声

放火したい者もあらうと思つたが
それは俺だつた
大風の音

眼の前に断崖が立つてゐる
悪念が重なり合つて
笑つて立つてゐる

獣のやうに女に飢ゑつゝ
神のやうに火にあたりつゝ
あくびする俺

清浄の女が此世に
あると云ふか……
影の無い花が
此世にあると云ふのか

ぐる/\/\と天地はめぐる
だから俺も眼がくるめいて
邪道に陥ちるんだ

ばくち打つ
妻も子もない身一つを
ザマア見やがれと嘲つて打つ

  *     *     *

自殺しようか
どうしようかと思ひつゝ
タツタ一人で玉を撞いてゐる

にんげんが
皆良心を無くしつゝ
夜のあけるまで
ダンスをしてゐる

独り言を思はず云つて
ハツとして
気味のわるさに
又一つ云ふ

誰か一人
殺してみたいと思ふ時
君一人かい…………
………と友達が来る

号外の真犯人は
俺だぞ………と
人ごみの中で
怒鳴つてみたい

飛びだした猫の眼玉を
押しこめど
ドウしても這入らず
喰ふのをやめる

メスの刃が
お伽ばなしを読むやうに
ハラワタの色を
うつして行くも

五十銭貰つて
一つお辞儀する
盗めば
お辞儀せずともいゝのに

人間の屍体を見ると
何がなしに
女とフザケて笑つてみたい

  *血潮したゝる

闇の中に闇があり
又闇がある
その核心から
血潮したゝる

骸骨が
曠野をひとり辿り行く
行く手の雲に
血潮したゝる

教会の
彼の尖塔の真上なる
青い空から
血しほしたゝる

洋皿のカナリアの絵が
真二つに
割れたとこから
血しほしたゝる

すれ違つた白い女が
ふり返つて笑ふ口から
血しほしたゝる

真夜中の
三時の文字を
長針が通り過ぎつゝ
血しほしたゝる

水薬を
花瓶に棄てゝアザミ笑ふ
肺病の口から
血しほしたゝる

日の影が死人のやうに
縋り付く倉の壁から
血しほしたゝる

たはむれに
タンポヽの花を引つ切れば
牛乳のやうな血しほしたゝる

大詰めの
アンチキシヤウの美くしさ
赤いインキの血しほし
前へ 次へ
全5ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング