た
その美しい未亡人が
便所の中でニコ/\して居る
姙娠した彼女を思ひ
唾液を吐く
黄色い月がさしのぼる時
笹の間にサヤ/\のぼる冬の月
真実々々
薄血したゝる
白い赤い
大きなお尻を並べて見せる
ナアニ八百屋の店の話さ
*うごく窓
病院の何処かの窓が
たゞ一つ眼ざめて動く
雪の深夜に――
駅員が居睡りしてゐる
真夜中に
骸骨ばかりの列車が通過した
母の腹から
髪毛と歯だけが切り出された
さぞ残念な事であつたらう
梟が啼いた
イヤ梟ぢや無いといふ
真暗闇に佇む二人
吹き降りの踏切で
人が轢死した
そのあくる日はステキな上天気
*うごく窓
白き陽は彼の断崖と
朝な/\
冷笑しかはしのぼり行くかな
地下室に
無数の瓶が立並び
口を開けて居り呼吸をせずに
ひれ伏した乞食に人が銭を投げた
しかし乞食は
モウ死んでゐた
嫁の奴
すぐにお医者に走つて行く
わしが病気の時に限つて
ラムネ瓶に
蠅が迷うて死ぬやうに
彼女は百貨店で万引をした
晴れ渡る青空の下に
鉄道が死の直線を
黒く引いてゐる
草蔭するどく黒く地に泌みて
物音遠き
死骸の周囲
*地獄の花
火の如きカンナの花の
咲き出づる御寺の庭に
地獄を思ふ
昨日までと思うた患者が
まだ生きて
今朝の大雪みつめて居るも
お月様は死んでゐるの
と児が問へば
イーエと母が答へけるかな
胃袋の空つぽの鷲が
電線に引つかゝつて死んだ
青い/\空
踏切にジツと立ち止まる人間を
遠くから見てゐる
白昼の心
青空の冷めたい心が
貨物車を
地平線下に吸ひ込んでしまつた
自分自身の葬式の
行列を思はする
野の涯に咲くのいばらの花
*死
自殺しても
悲しんで呉れる者が無い
だから吾輩は自殺するのだ
馬鹿にされる奴が一番出世する
だから
自殺する奴がエライのだ
何遍も自殺し損ねて生きてゐる
助けた奴が
皆笑つてゐる
あたゝかいお天気のいゝ日に
道ばたで乞食し度いと
皆思つてゐる
悟れば乞食
も一つ悟れば泥棒か
も一つ悟ればキチガヒかアハハ
致死量の睡眠薬を
看護婦が二つに分けて
キヤツキヤと笑ふ
振り棄てた彼女が
首を縊《くく》つた窓
蒲団かむればハツキリ見える
*見世物師の夢
満洲で人を斬つたと
微笑して
肥えふとりたる友の帰り来る
明るい部屋で
冷めたい帽子を冠つたら
殺した友の顔を思ひ出した
ずつと前殺した友へ
根気よく年賀状を出す
愚かなる吾
広重は
惨殺屍体の上にある
真青な空の色を記憶した
煉瓦塀を仰げば
青い/\空
殺人囚がホツとする空
病死した友の代りに返事した
先生は知らずに
出席簿を閉ぢた
秋まひる静かな山路に
堪へ兼ねて追剥《おいはぎ》を
した人は居ないか
人頭蛇を生ませてみたいと
思ひつゝ女と寝てゐる
若い見世物師
* * *
青空に突き刺さり/\
血をたらす
南|仏蘭西《フランス》の寺の尖塔
夜の風に
紙片が地を匍ふて行く
死人の門口でピタリと止まる
真鍮のイーコン像から
蝋細工のレニンの死体へ
迷信転向
*白骨譜
死刑囚は
遂に動かずなり行けど
栴檀《せんだん》の樹の蝉は啼きやまず
神様の鼻は
真赤に爛れてゐる
だから姿をお見せにならないのだ
一瓶の白き錠剤
かぞへおはり
窓の青空じつと見つむる
浜名湖の鉄橋渡る列車より
フト……
飛降りてみたくなりしかな
天井の節穴
われを睨むごとし
わが旧悪を知り居るごとし
青空は罪深きかよ
虻《あぶ》や蜻蛉
お倉の白壁にぶつかつて死ぬ
盲人がニコ/\笑つて
自宅へ帰る
着物の裾に血を附けたまゝ
よそのヲヂサンが
汽車に轢かれて死んでたよ
帰つて来ないお父さんかと思つたよ
将軍塚
将軍の骨が棺の中で錆びた刀を
抜きかけてゐた
* * *
青空はブルーブラツク
三日月は死の唄を書く
ペン先かいな
大理石の伽藍の如き頭蓋骨が
荘厳に微笑む
南極の海
ほの暗く
はるかな国離れ来て
桐の若葉に
さゆらぐ悪魔
* * *
わが罪の思ひ出に似た
貨物車が犇きよぎる
白の陽の下
ぬかるみは果てしもあらず
微笑して
彼女の文を千切り棄てゆく
ニヤ/\と微笑しながら跟《つ》いて来る
もう一人の我を
振返る夕暮
* * *
日も出でず
月も入らざる地平線が
心の涯にいつも横たはる
うなだれて
小暗き町へ迷ひ入り
獣の如く呻吟してみる
社長室の片隅に
黒く凋れ行く
赤いタイピストの形見のチユーリツプ
* * *
体温器窓に透かして眺め入る
死に度いと思ふ
心を透かし見る
タツタ一つ
罪悪を知らぬ瞳があつた
残
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