虐不倫な狂女の瞳《め》だつた
冬空が絶壁の様に屹立してゐる
そのコチラ側に
罪悪が在る
* * *
無限に利く望遠鏡を
覗いてみた
自分の背中に蠅が止まつてゐた
真鍮製の向日葵の花を
庭に植ゑた
彼の太陽を停止させる為
* * *
おしろいの夜の香よりも
真黒なる夜の血の香を
恋し初めしか
失恋した男の心が
剃刀でタンポヽの花を
刻んで居るも
* * *
世の中の坊主が
足りなくなつてゆく
医学博士がアンマリ殖えるので
郊外の野山は
都会より残忍だ
静かに美しく微笑してゐるから
深海の盲目の魚が
恋しいと歌つた牧水も
死んでしまつた
* * *
非常汽笛
汽車が止まると犯人が
ニツコリ笑つて麦畑を去る
汽缶車が
だん/\大きくなつて来る
菜種畑の白昼の恐怖
* * *
毒薬と花束と
美人の死骸を積んだ
フルスピードの探偵小説
* * *
木の芽草の芽伸び上る中に
吾心伸び上りかねて
首を縊るも
波際の猫の死骸が
乾燥して薄目を開いて
夕日を見てゐる
自殺しに吾が来かゝれば
白い猫が線路の闇を
ソツと横切る
春風が
先づ探偵を吹き送り
アトから悠々と犯人を吹き送る
涯てしなく並ぶ土管が
人間の死骸を
一つ喰べ度いと云ふ
冬空にヂン/\と鳴る電線が
死報の時だけ
ヒツソリとなる
犯人の帽子を
巡査が拾ひ上げて
又棄てゝ行く
春の夕暮
血のやうに黒いダリヤを
凝視して少女が
ホツとため息をする
山の奥で仇讐同志がめぐり合つた
誰も居ないので
仲直りした
* * *
殺人狂が
針の無い時計を持つてゐた
殺すたんびにネヂをかけてゐた
脳髄が二つ在つたらばと思ふ
考へてはならぬ
事を考へるため
日の光り
腹の底まで吸ひ込んで
骨となりゆく行路病人
何もかも性に帰結するフロイドが
天体鏡で
女湯を覗く
* * *
風に散る木の葉の中の
悪党が
池の向側に高飛びをする
囚人が
アハハと笑つてなぐられた
アハハと笑つて囚人が死んだ
中風の姑は何でも知つてゐる
死に度いと思ふ
妾の心まで
北極に行つて帰らぬ人々が
誰よりもノンキに
欠伸してゐる
石コロが広い往来の中央で
歯噛みして居る
ポンと蹴つて遣る
一里ばかり撫でまはして来た
なつかしい石コロを
フト池に投げ込む
底本:「夢野久作全集3」ちくま文庫、筑摩書房
1992(平成4)年8月24日第1刷発行
入力:柴田卓治
校正:久保あきら
2000年5月6日公開
2006年3月11日修正
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