機関車に正面すると、ちょうど蛇《へび》に魅入《みい》られた蛙《かえる》のように動けなくなって、そのまま、轢《ひ》き殺されてしまうのも、やはり脳髄の神秘作用に違い無いのだが……。一体脳髄の反射作用と、意識作用との間にはドンナ数理的な機構の区別が在るのだろう……。
 ……突然……彼の眼の前を白いものがスーッと横切ったので、彼は何の気もなく眼をあげてみた。……今頃白い蝶《ちょう》が居るか知らんと不思議に思いながら……けれどもそこいらには蝶々らしいものは愚か、白いものすら見えなかった。
 彼はその時に高い、見晴らしのいい線路の上に来ていた。
 彼の視線のはるか向うには、線路と一直線に並行して横たわっている国道と、その上に重なり合って並んでいる部落の家々が見えた。それは彼が昔から見慣れている風景に違い無いのであったが、今朝《けさ》はどうした事かその風景がソックリそのまんまに、数学の思索の中に浮き出て来る異常なフラッシュバックの感じに変化しているように思われた。その景色の中の家や、立木や、畠《はたけ》や、電柱が、数学の中に使われる文字や符号……[#ここから横組み]√,=,0,∞,KLM,XYZ,α
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