たわっている数本の枕木の木目や節穴、砂利の一粒一粒の重なり合い、又はその近まわりに生えている芝草や、野茨《のいばら》の枝ぶりまでも、家に帰って寝る時に、夜具の中でアリアリと思い出し得るほど明確に記憶してしまった。そうして彼はドンナニ外《ほか》の考えで夢中になっている時でも、シグナルの下のそのあたりへ来ると、殆《ほと》んど無意識に立佇《たちど》まって、そこいらを一渡り見まわした後でなければ、一歩も先へ進めないようにスッカリ癖づけられてしまったのであった……何故《なぜ》そこに立佇まっているのか、自分自身でも解らないままに、暗い暗い、淋《さび》しい淋しい気持ちになって、狃染《なじ》みの深い石ころの形や、枕木の切口の恰好《かっこう》や、軌条の継目の間隔を、一つ一つにジーッと見守らなければ気が済まないのであった……………………。
「お父さん」
 というハッキリした声が聞こえたのは、ちょうど彼がそうしている時であった。
 彼はその声を聞くや否や、電気に打たれたようにハッと首を縮めた。無意識のうちに眼をシッカリと閉じながら、肩をすぼめて固くなったが、やがて又、静かに眼を見開いて、オズオズと左手の高い
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