佇まっていたホントの理由を、ヤット思い出したのであった。そうして彼を無意識のうちに踏切板の中央へ釘付けにしていた、或る「不吉な予感」を今一度ハッキリと感じたのであった。
 彼は今朝眼を醒《さ》まして、あたたかい夜具の中から、冷《つ》めたい空気の中へ頭を突き出すと同時に、二日酔らしいタマラナイ頭の痛みを感じながら起き上ったのであったが、又、それと同時に、その頭の片隅で……俺はきょうこそ間違いなく汽車に轢き殺されるのだぞ[#「俺はきょうこそ間違いなく汽車に轢き殺されるのだぞ」に傍点]……といったようなハッキリした、気味の悪い予感を感じながら、冷たい筧《かけひ》の水でシミジミと顔を洗ったのであった。それから大急ぎで湯を湧《わ》かして、昨夜《ゆうべ》の残りの冷飯《ひやめし》を掻込《かきこ》んで、これも昨夜のままの泥靴をそのまま穿《は》いて、アルミの弁当箱を詰めた黒い鞄を抱え直し抱え直し、落葉まじりの霜の廃道を、この踏切板の上まで辿《たど》って来たのであったが、そこで真白い霜に包まれた踏切板の上に、自分の重たい泥靴がベタリと落ちた音を耳にすると、その一|刹那《せつな》に今一度、そうした不吉な、ハッキリした予感と、その予感に脅《おび》やかされつつある彼の全生涯とを、非常な急速度で頭の中に廻転させたのであった。そうしてそのまま踏切を横切って、大急ぎで国道を廻《ま》わろうか。それとも思い切って鉄道線路を伝って行こうかと思い迷いながらも、なおも石像のように考え込んでいる自分自身の姿を眼の前に幻視しつつ、そうした気味の悪い予感に襲われるようになった、そのソモソモの不可思議な因縁《いんねん》を考え出そう考え出そうと努力しているのであった。

 彼がこうした不可思議な心理現象に襲われ初めたのは昨日《きのう》今日《きょう》の事ではなかった。
 昨年の正月から二月へかけて彼は、最愛の妻と一人子を追い継ぎに亡くしたのであったが、それからというものは彼は殆《ほと》んど毎朝のように……きょうこそ……今日こそ間違いなく汽車に轢《ひ》き殺される……といったような、奇妙にハッキリした予感を受け続けて来たものであった。しかし、それでもそのたんびに頭の単純な彼は、一種の宿命的な気持ちを含んだ真剣な不安に襲われながらも、踏切の線路を横切るたんびに、恐る恐る左右を見まわし見まわし、国道伝いに往復したせいであったろ
前へ 次へ
全27ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング