か知らトテモ重大な問題を一生懸命に考え詰めながら、ここまで来たような気もするが……おかしいな。今となってみるとその重大な問題の内容を一つも思い出せなくなっている……。
 ……おかしい……おかしい……。何にしても今朝はアタマが変テコだ。こんな調子では又、午後の時間に居眠りをして、無邪気な生徒たちに笑われるかも知れないぞ……。
 彼はそんな事を取越苦労しいしい上衣の内ポケットから大きな銀時計を出してみると、七時四十分キッカリになっていた。
 彼はその8の処に固まり合っている二本の針と、チッチッチッチッと廻転している秒針とを無意識にジーッと見比《みくら》べていた……が……やがて如何《いか》にも淋《さび》しそうな……自分自身を嘲《あざけ》るような微苦笑を、度の強い近眼鏡の下に痙攣《けいれん》させた。
 ……ナーンだ。馬鹿馬鹿《ばかばか》しい。何でもないじゃないか。
 ……俺は今学校に出かける途中なんだ。……今朝は学課が初まる前に、調べ残しの教案を見ておかなければならないと思って、午後の時間の睡《ね》むいのを覚悟の前で、三十分ばかり早めに出て来たのだ。しかも学校まではまだ五|基米《キロ》以上あるのだから、愚図愚図《ぐずぐず》すると時間の余裕が無くなるかも知れない……だから俺はここに立佇《たちど》まって考えていたのだ。国道へ出て本通りを行こうか、それとも近道の線路伝いにしようかと迷いながら突立っていたものではないか……。
 ……ナーンだ。何でもないじゃないか……。
 ……そうだ。とにかく鉄道線路を行こう。線路を行けば学校まで一直線で、せいぜい三|基米《キロ》ぐらいしか無いのだから、こころもち急ぎさえすれば二十分ぐらいの節約は訳なく出来る……そうだ……鉄道線路を行こう……。
 彼はそう思い思い今一度ニンマリと青黒い、髯《ひげ》だらけの微苦笑をした。三角形に膨《ふく》らんだボクスの古鞄《ふるかばん》を、左手にシッカリと抱き締めながら、白い踏切板の上から半身を傾けて、やはり霜を被《かぶ》っている線路の枕木の上へ、兵隊靴の片足を踏み出しかけた。
 ……が……又、ハッと気が付いて踏み留《とど》まった。
 彼はそのまま右手をソット額《ひたい》に当てた。その掌《てのひら》で近眼鏡の上を蔽《おお》うて、何事かを祈るように、頭をガックリとうなだれた。
 彼は、彼自身がタッタ今、鉄道踏切の中央に立
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