晶のような涙がタッタ二すじ、右と左へ、緞子の枕に伝わり落ちると思ううちに、あるかないかの息が絶えました。それはちょうど大空の澄み渡った満月が、御病室の屋《や》の棟を超える時刻で御座いました。
 ……金丸長者様の御歎きは申すまでも御座いませぬ。この世の無常とやらを深くもお悟りになったので御座いましょう。それから間もなく、さしもにお美事なお住居《すまい》をお建て換えになりまして一宇のお寺を建立なされ、無明山満月寺と寺号をお附けになりました。去るあたりから尊い智識をお迎えになりまして御住職となされ、満月どののために仰山《ぎょうさん》な施餓鬼《せがき》をなされまして、御自身も頭を丸めて法体《ほったい》となり、法名を友月《ゆうげつ》と名乗り、朝から晩まで鉦《かね》をたたいて京洛の町中を念仏してまわり、満月どのの菩提を弔うておいでになりまする。先祖代々|算盤《そろばん》を生命《いのち》と思うておりまする私どもまでも、その友月上人様の御痛わしいお姿を拝みまする度毎《たびごと》に、まことに眼も眩《く》れ、心もしどろになりまするばかり……」
 と云ううちに松本楼の主人は涙を押えて声を呑んだ。
 銀之丞も
前へ 次へ
全45ページ中43ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング