らばう虫の声よりも細々とした息の下に、かような遺言をなされました。
……これまでの方々《かたがた》様の御心づくし、何と御礼を申上げましょうやら。つたないこの身に余り過ぎました栄耀栄華《えいようえいが》。空恐ろしゅうて行く先が思い遣られまする計《ばか》りで御座います。ただ、おゆるし下されませ。金丸様と、御楼主様の御恩のほどは生々世々《しょうじょうせぜ》犬畜生、虫ケラに生れ代りましょうとも決して忘れは致しますまい。
……わたくし幼少《おさな》い時より両親《ふたおや》に死に別れまして、親身《しんみ》の親孝行も致しようのない身の上とて、この上はただ御楼主様《ごないしょさま》の御養育の御恩を、一心にお返しするよりほかに道はないと、そればかりを楽しみに思い詰めて成長《おおき》くなりましたところへ、肉親の親から譲られましたこの重病。いずれ長い寿命はないものと思い諦らめましてからというもの、一も御店のため、二も御楼主様《ごないしょさま》への御恩返しとあらゆる有難い御嫖客様《おきゃくさま》を手玉に取り、いく程の罪を重ねましたことやら。それだけでも来世は地獄に堕ちましょう。その中《うち》にも忘れかねま
前へ
次へ
全45ページ中40ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング