らせん》を集めて威張っている。自分も相当の好きらしく時々寺銭を賭《は》っているそうなが、不思議な事にこの坊主を負かすと間もなく、御本堂がユサユサと家鳴《やな》り震動して天井から砂が降ったり、軒の瓦が辷《すべ》ったりする。その物すごさに一同が居たたまれずに逃げ出すと、又、間もなく静まり返るので、打連れて本堂に引返してみると、こは如何に。今まで山のように積んであった寺銭も場銭《ばせん》も盆|茣蓙《ござ》も、賽目《さいのめ》までも虚空に消え失せて、あとには夥しい砂ほこりが分厚く積っているばかり。それが恐ろしさと馬鹿らしさに皆、忘れても和尚を負かさぬように気を付けているが、それでも時々大地震のような家鳴《やなり》、震動が起るので、事によるとやはり狐狸《こり》の仕業《しわざ》かも知れない。とはいえ場所はよし、和尚の取持《とりもち》はよし、麓の一本道に見張りさえ付けておけば、手入れの心配は毛頭ないので、入れ代り立代り寄り集まって手遊びするものの絶えぬところが面白い。もちろんそのような家鳴、震動の度毎《たびごと》に、麓の百姓に聞いてみても、そんな地震は一向知らぬという話。ナント面妖な話ではないかえ。その狐か狸かが渫《さら》って行った金高を集めたなら、大したものづら……といったような話を、頭に刻み込み刻み込み行くうちに銀之丞は、いつの間《ま》にか菊川の町外れを右に曲って、松の間の草だらけの道を、無我夢中で急いでいた。……大工上りの袁許坊主《おげぼうず》……井遷寺《せいせんじ》のカラクリ本堂……思いもかけぬ大金儲けの緒《いとぐち》……生命《いのち》がけの大冒険……といったような問題を、心の中でくり返しくり返し考えながら……。

 無間山井遷寺は聞きしにまさる雄大な荒廃寺《あれでら》であった。星明りに透かしてみると墓原《はかはら》らしい処は一面の竹籔となって、数百年の大|銀杏《いちょう》が真黒い巨人のように切れ切れの天の河を押し上げ、本堂の屋根に生えたペンペン草、紫苑のたぐいが、下から這い上った蔦《つた》や、葛蔓《くずかずら》とからみ合って、夜目にもアリアリと森のように茂り重なっていた。
 見張りの眼を巧みに潜ってきた銀之丞が、閉め切った本堂の雨戸の隙間からチラチラ洩れる火影を窺《のぞ》いてみると、正しく天下晴れての袁彦道《ばくち》の真盛り。月代《さかやき》の伸びた荒くれ男どもは本職の渡世人らしく、頬冠りや向う鉢巻で群がっている穢苦《むさくる》しい老若は、近郷近在の百姓や地主らしい。正面に雲竜《うんりゅう》の刺青《ほりもの》の片肌を脱いで、大胡坐《おおあぐら》を掻いた和尚の前に積み上げてある寺銭が山のよう。盆茣蓙《ぼんござ》を取巻いて円陣を作った人々の背後《うしろ》に並んだ酒肴《さけさかな》の芳香《におい》が、雨戸の隙間からプンプンと洩れて来て、銀之丞の空腹《すきばら》を、たまらなく抉《えぐ》るのであった。
 そのうちに盆茣蓙の真中に伏せてあった骰子《さいころ》壺が引っくり返ると、和尚の負けになったらしく、積上げられた寺銭が、大勢の笑い声の中《うち》にザラザラと崩れて行く。それを見ると和尚が不機嫌そうにトロンとした眼を据えて、
「……これはいかん。ああ。酔うた酔うた。ドレちょっと一パイ水でも呑んで来ようか」
 と云ううちに立上った和尚の物すごい眼尻に引かえて、唇元《くちもと》の微かな薄笑いが、裸体《はだか》蝋燭の光りにチラリと映ったのを銀之丞は見逃がさなかった。
 銀之丞はコッソリと雨戸から離れて、ドシンドシンという和尚の足音が、どこへ行くかを聞き送っていた。
 和尚の足音は渡殿《わたどの》を渡って庫裡《くり》の方へ消えて行った。そこの闇《くら》がりで水を飲む柄杓《ひしゃく》の音がカラカラと聞こえたが、やがて又今度は音も立てずにヒッソリと渡殿を引返して、何やドッと笑い合う賭博《ばくち》連中のどよめきを他所《よそ》に、本堂の外廊下の暗《やみ》に消え込んで行ったと思うと、不思議なるかな。さしもの本堂の大伽藍《だいがらん》の鴨井《かもい》のあたりからギイギイと音を立てて揺れはじめ、だんだん烈しくなって来て本堂一面に砂の雨がザアザアと降り出し、軒の瓦がゾロゾロガラガラと辷り落ちて、バチンバチンと庭の面《も》を打つ騒ぎに、並居《なみい》る渡世人や百姓の面々は、すはこそ出たぞ、地震地震と取るものも取りあえず、燭台を蹴倒し、雨戸を蹴放《けはな》して家の外へ飛び出せば、本堂の中は真暗闇となって、聞こゆるものは砂ほこりの畳に頽雪《なだ》るる音ばかりとなった。
 なれども銀之丞はちっとも驚かなかった。こっそりと渡殿の欄干を匐《は》い上り、本堂の外縁にまわり込んでみると、本堂の真背後《まうしろ》に在る内陣と向い合った親柱を、最前の三多羅和尚が双肌脱ぎとなり、声こそ立て
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