、見たいと思うてはおりまするが、今の体裁《ていたらく》では思いも寄りませぬ事で……」
「……おお……それそれ。それについてよい思案がある。この三月の十五日の夜《よ》には島原で満月の道中がある筈じゃ。今生の見納めに連れ立って見に参ろうでは御座らぬか。まだ四五日の間《ま》が御座るけに、ちょうどよいと思いまするが……」
「さいやなあ。そう仰言りましたら何で否《いな》やは御座りましょうか。なれど、その途中の路用が何として……」
「何の、やくたいもない心配じゃ。拙者にまだ聊《いささ》かの蓄《たくわ》えもある。それが気詰まりと思わるるならば此方《こんた》、三味線を引かっしゃれ。身共《わて》が小唄を歌おうほどに……」
「おお。それそれ。貴方《あなた》様の小唄いうたら祇園、島原でも評判の名調子。私の三味線には過ぎましょうぞい」
「これこれ。煽立《おだ》てやんな。落ちぶれたなら声も落ちつろう。ただ小謡《こうたい》よりも節《ふし》が勝手で気楽じゃまで……」
「恐れ入りまする。それならば思い立ったが吉日とやら。只今から直ぐにでも……」
「おお。それよ。善は急げじゃ」
酒のまわり工合もあったであろう。さもなくとも色事にだけは日本一|押《おし》の強い腰抜け侍に腑抜《ふぬ》け町人。春の日永《ひなが》の淀川づたいを十何里が間。右に左にノラリクラリと、どんな文句を唄うて、どんな三味線をあしろうて行ったやら。揃いも揃うた昔に変る日焼|面《づら》に鬚《ひげ》蓬々《ぼうぼう》たる乞食姿で、哀れにもスゴスゴと、なつかしい京外れの木賃宿に着いたのが、ちょうど大文字山の中空《なかぞら》に十四日月のほのめき初《そ》むる頃おいであった。明くれば宝暦二年の三月十五日。日本切っての名物。島原の花魁《おいらん》道中の前の日の事とて、洛中洛外が何とのう、大空に浮き上って行きそうな気はいが、二人の泊っている木賃宿のアンペラ敷の上までも漂うていた。
月は満月。人も満月。桜は真盛り……。
島原一帯の茶屋の灯火《あかり》は日の暮れぬ中《うち》から万燈《まんどう》の如く、日本中から大地を埋めむばかりに押寄せた見物衆は、道中筋の両側に身動き一つせず。わけても松本楼に程近い石畳の四辻は人の顔の山を築いて、まだ何も通らぬうちから固唾《かたず》を呑んで、酔うたようになっていた。
そのうちに聞こえて来る前触《しらせ》の拍子木。草履の
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