したのは、あの銀様と千様のこと。今年の花見の道中で、あのような心ない事を申しましたのも、心底《しんそこ》からお二人様の御行末を愛《いと》しゅう思いましたればの事。早ようこのような女を思い切って、男らしい御生涯にお入りなされませと、平生《いつも》から御意見申上げたい申上げたいと思いながらも、それがなりませぬ悲しい思いが、お変りなされたお二人のお姿を見上げますと一時に、たまらぬようになりまして、熱い固まりを胸にこらえながら、やっとあれだけ申しましたもの……それを、どのような心にお取りなされましたやら。それから後《のち》というものフッツリとお二人のお姿が京、大阪の中《うち》にお見えになりませぬとやら。その後の御様子を聞くすべもないこの胸の中《うち》の苦しさ辛《つ》らさ。お二人様は今頃日本のどこかで、怨めしい憎い女と思召《おぼしめ》して、寝ても醒めても怨んでおいでなされましょうか。それとも、もしやお若い心の遣《や》る瀬なさにこの世を儚《はか》なみ思い詰めて、あられぬ御最期をなされはせまいか。これはこの身の自惚《うぬぼ》れか。思い過ごしか。罪の深さよ。浅ましさよと、思いめぐらせばめぐらすほど、身も心も瘠せ細る三日月の、枯木の枝に縋り付きながら、土の底へ沈み果てまする、わたくしの一生。
……わけても勿体ない御ことは金丸様。御身請の御恩は主様《しゅさま》の御恩、親様の御恩にも憎して深いものと承わっておりながら、身をお任せ申しまする甲斐もない、うつそみの脱殻《ぬけがら》よりも忌《い》まわしいこの病身、逆様《さかさま》の御介抱を受けまするなりにこの世を去りまする面目なさ。空恐ろしさ。来世は牛にも馬にも生れ変りまして、草を喰べ、水を飲みましても貴方様を背負いまする身の上になりまするようにと、神様、仏様に心中の御願はかけながらも、この世にては露ほども御恩返しの叶《かな》わぬ情なさ。女とはかようなものかと夕蝉の、草の葉末に取りついて、心も空に泣き暮らすばかり。
……神様、仏様の御恩は申すに及ばず、この世にてお世話様になりました方々や、不束《ふつつか》なわたくしに仮初《かりそめ》にも有難いお言葉を賜わりました方々様へは、これこの通り手を合わせまする。ただ何事もわたくしの、つたない前世の因果ゆえと思召《おぼしめ》して、おゆるしなされて下されませ……。
……と……云わるる声も絶え絶えに、水
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