やくと、思わず躍り上りたくなるのをジッと辛棒して、何喰わぬ顔で同じ型の蓋附桶を十個、大急ぎで誂《あつら》えた。それから今度は金物屋に行って鉛の半円鋳《なまこ》を六百斤ほど買集め、そっくりそのまま町外れのシロカネ屋(金属細工屋)に持って行って、これは蓬莢島《ホルモサ》から来た船の註文ゆえ、特別念入りの大急ぎで遣ってもらいたい。蓬莢島《ホルモサ》でも一番の大金持、万熊仙《まんゆうせん》という家で、この六月に生れる赤ん坊のお祝いに、部屋部屋の天井から日本の小判を吊るすのだそうで、ソックリそのまま蠅除《はいよ》けにするという話。普通の家《うち》では真鍮の短冊を吊すところを金持だけに凝《こ》った思案をしたものらしい。面倒ではあろうが、この鉛鋳《なまこ》の全部を大急ぎで小判の形に打抜いて金箔をタタキ付けてもらいたい。糸を通す穴は向うに着いてから明けるそうな。本物の小判のお手本はここに在る……といったような事を、まことしやかに頼み込んだ。
 賃銀がよかったのでシロカネ屋の老爺《おやじ》は、さほど怪しみもせずに、両手を揉合《もみわ》わせて引受けた。六百斤のナマコを三日三夜がかりで一万枚に近い小判型に打抜いて畳目まで入れたものに金箔を着せたのを、千六に引渡した。
 千六は、その小判を新しい唐米《からまい》の袋に詰込んで、手車に引かせ、帰りに桶屋から十個の桶を受取り、序《ついで》に山口屋から味噌を四百斤と、材木置場から鋸屑《おがくず》を五俵ほど買込んで、同じ手車に積ませて、その日の暮れ方に舟着場へ持って来た。そこで百石積の玄海丸という抜荷《ぬけに》専門の帆前船を探し出して顔なじみの船頭に酒手を遣り、水揚人足に命じて車の上の荷物を全部積込ませると、念のためもう一度上陸してこの間の福昌号の裏口に行き、人通りの絶えたところを見計《みはか》らって地下室の小窓に鼻を近付け、今一度中の様子を窺いてみた。中には四五日前の通りに味噌桶が行列して、黴臭《かびくさ》い味噌の臭気《におい》がムンムンする程籠もっていた。
 ニンガリと笑った彼は立上って空を仰いでみた。この辺では穏やかでない東《こち》寄りの南風《はえ》が数日来、絶え間なしに吹いているところで、追手の風でも余程自信のある船頭でないと船を出せるものでないことが商売柄千六にはよくわかっていた。
 舟着場に帰った千六は船頭を捉《つか》まえて、明日早朝に
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