うち》ばかりだから韮《にら》や大蒜《にんにく》の臭気《におい》がする分にはチットモ不思議はない筈であるが、その頃までは日本人しか使わない麦味噌の臭気《におい》がするとは……ハテ……面妖な……と思ったのが大金儲《おおがねもうけ》の緒《いとぐち》であったとは流石《さすが》にカンのいい千六も、この時まだ気付かなかったであろう。頻りに鼻をヒコ付かせて、その臭気《におい》のする方向へ近附いて行くうちに味噌の臭気《におい》がだんだんハッキリとなって来た。間もなく眼の前に屹立《きった》っている長崎随一の支那貿易商、福昌号《ふくしょうごう》の裏口に在る地下室の小窓から臭《にお》って来ることがわかった。そっと覗いてみると、暗い、微かな光線の中に一面に散らばった鋸屑《おがくず》の上に、百|斤入《きんいり》と見える新しい味噌桶が十個、行儀よく二行に並んでいる。残暑に蒸《む》るる地下室で、味噌が腐りそうになったので、小窓を開いて息を抜いているものらしかった。
そこで千六は暫く腕を組んで考えていたが、忽ちハタと膝を打って、赤い舌をペロリと出した。
「……そやそや……味噌桶と見せかけて、底の方へは何入れとるか知れたもんやない。この頃長崎中の抜荷買《なかま》が不思議がっとる福昌号の奸闌繰《からくり》ちうのはこの味噌桶に違いないわい。ヨオシ来た。そんなら一つ腕に縒《より》をかけて、唐人共の鼻を明かいてコマソかい。荷物の行く先はお手の筋やさかい……」
そんな事をつぶやくうちに千六はもう二十日鼠のようにクルクルと活躍し初めていた。
先ず福昌号の表口へ行って、その店の商品の合印《あいじるし》が○に福の字である事を、その肉の太さから文字の恰好まで間違いないように懐紙に写し取った。その足で長崎中の味噌屋を尋ねて、福昌号に味噌を売った者はないかと尋ねてみると、タッタ一軒、山口屋という味噌屋で三百五十|斤《きん》の味噌を売ったというほかには一軒も発見し得なかった。
それから同じく長崎中の桶屋を、裏長屋の隅々まで尋ねて、福昌号の註文で新しい味噌桶を作った家《うち》を探し出し、そこで百斤入の蓋附桶を十個作った事が判明すると、千六はホッと一息して喜んだ。
「それ見い。云わんこっちゃないわい。百斤入の桶が十個に味噌がタッタ三百五十斤……底の方に鋸屑《おがくず》と小判が沈んどるに、きまっとるやないか」
とつぶ
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