手火事を焼き出そうやら知れぬ。どのように間違うた尾鰭《おひれ》が付いて、どのような片手落の御沙汰が大公儀から下ろうやら知れぬ。それが主君《との》の御癇癖に触れる。大公儀の御沙汰に当藩が承服せぬとなったら、そこがそのまま大公儀の付け目じゃ。越前宰相殿、駿河大納言殿の先例も近いこと。千丈の堤も蟻《あり》の一穴《いっけつ》から……他所事《よそごと》では御座らぬわい。拙者の苦労は、その一つで御座る」
「フーム。いかにものう」
と淵老人も流石《さすが》に腕を組んで考え込んだ。青菜に塩をかけたようになって嘆息した。
「成る程のう。そこまでは気付かなんだ。……しかし主君《との》はその辺に、お気が付かせられておりまするかのう」
「御存じないかも知れぬが、申上げても同じ事じゃろう」
「ホホオ。それは又、何故《なにゆえ》に……」
「余が家来を余が処置するに、何の不思議がある。……黒田忠之を、生命惜しさに首を縮めている他所《よそ》の亀の子大名と一列とばし了簡《りょうけん》違いすな……。そのような立ち入った咎《とが》め立てするならば、明国、韓国、島津に対する九州の押え大名は、こちらから御免を蒙《こうむ》る。龍造寺、大友の末路を学ぶとも、天下の勢《せい》を引受けて一戦してみようと仰せられる事は必定じゃ。大体、主君《との》の御不満の底にはソレが蟠《わだか》まっておるでのう。その武勇の御望みが、御一代押え通せるか、通せぬかが当藩の運命のわかれ道……」
「言語道断……そのような事になっては一大事じゃ。ハテ。何としたもので御座ろう」
「さればこそ、先程よりお尋ね申すのじゃ。よいお知恵は御座らぬか」
「御座らぬ」
と淵老人はアッサリ頭を振った。
「お気に入りの倉八《くらはち》殿(十太夫)に御取りなしを御願いするほかにはのう」
内記は片目を閉じてニヤリ笑い出しながら、頭をゆるやかに左右に振った。老人もニヤリと冷笑して頭を掻いた。倉八十太夫も、お秀の方も、殿の御気に逆らうような事は絶対にし得ない事を知っている二人は、今更のように眼を白くしてうなずき合った。
微《かすか》な溜息が二人の顔を暗くした。城内の百舌《もず》の声がひとしきり八釜《やかま》しくなった。
「五十五万石の中にこれ以上の知恵の出るところは無いからのう」
「吾々如きがお納戸役ではのう」
「今の塙代与九郎は隠居で御座ったの」
と尾藤内記は突然に話題を改めた。
「さようさよう。通《とおり》町の西村家から養子に参って只今隠居しておりまするが、伜の与十郎夫婦は、いずれも早世致して、只今は取って十三か四に相成る孫の与一が家督致しておりまする。采配は申す迄もなく祖父の与九郎が握っておりましょうが、孫の与一も小柄では御座るがナカナカの発明で、四書五経の素読《そどく》が八歳の時に相済み、大坪流の馬術、揚真流の居合なんど、免許同然の美事なもの……祖父の与九郎が大自慢という取沙汰で御座りまする」
「ウーム。惜しい事で御座るのう。その与九郎の里方、西村家の者で、与九郎の不行跡を諫《いさ》める者は居りませぬかのう」
「西村家は大組千二百石で御座るが、一家揃うての好人物でのう。手はよく書くので評判じゃが」
「ハハハ。武士に文字は要らぬもので御座るのう。このような場合……」
「その事で御座る。しかし与九郎が不行跡を改めましたならば、助ける御工夫が御座りまするかの。大目付殿に……」
「さよう。与九郎が妾どもを逐《お》い出して、見違えるほど謹しんだならば、今一度、御前体《ごぜんてい》を取做《とりな》すよすが[#「よすが」に傍点]になるかも知れぬが……しかし殿の御景色《おけしき》がこう早急ではのう」
「さればで御座るのう……御役目の御難儀、お察し申しまするわい」
「申上げます。アノ申上げます」
とお茶坊主が慌しく二人の前に手を突いた。眼をマン丸くして青くなっていた。
「殿様よりの御諚《ごじょう》で御座ります。尾藤様は最早《もはや》、御退出になりましたか見て参れとの御諚で……」
二人は苦い顔を見合わせた。
「ウム。よく申し聞けた。いずれ褒美取らするぞ。心利いた奴じゃ」
と言ううちに尾藤内記はソソクサと立上った。
「アノ……何と申上げましょうか」
「ウム。先刻退出したと申上げてくれい」
「かしこまりました」
お坊主がバタバタと走って大書院の奥へ消えた。
「……まずこの通りで御座る。殿の御性急には困り入る。すぐに処分をしに行かねば、お気に入らぬでのう」
「大目付殿ジカに与九郎へ申渡されますか」
「イヤ。とりあえず里方西村家へこの事を申入れて諫《いさ》めさせる。諫めを用いぬ時には追放と達したならば、如何な与九郎も一《ひ》と縮みで御座ろう。万事はその上で申聞ける所存じゃ。……手ぬるいとお叱りを受けるかも知れぬが、所詮、覚悟の前で御座る。ハハハ」
「大目付殿の御慈悲……家中の者も感佩《かんぱい》仕るで御座ろう。その御心中がわからぬ与九郎でも御座るまいが……」
淵老人は眼をしばたたいた。
「イヤ。太平の御代《みよ》とは申せ、お互いも油断なりませぬでの。つまるところは、お家安泰のためじゃ」
尾藤内記はヤット覚悟を定めたらしく、如何にも器量人らしい一言を残して颯爽《さっそう》と大玄関に出た。
「大目付殿……お立ちイイ……」
「コレッ……ひそかにッ……」
と尾藤内記は狼狽してお茶坊主を睨み付けた。お徒歩侍《かちざむらい》、目明し、草履取《ぞうりとり》、槍持、御用箱なんどがバラバラと走って来て式台に平伏した。
三
「アッハッハッハッ。面白い面白い」
酒気を帯びた塙代与九郎昌秋は二十畳の座敷のマン中で、傍若無人の哄笑を爆発さした。通町の大西村と呼ばれた千二百石取の本座敷で、大目付の内達によって催された塙代家一統の一族評定の席上である。
「ハハア。素行を改めねば追放という御沙汰か。薩藩の恩賞を貰うたが、お上の気に入らぬか。面白い……出て行こう。……黒田の殿様は如水公以来、気の狭い血統じゃ。名誉の武士は居付かぬ慣わしじゃ。又兵衛基次の先例もある。出て行こう。三百や五百の知行に未練はないわい。アッハッハッハッハッ……」
真赤になって怒号し続ける与九郎昌秋の額には、青い筋が竜のように盛上って、白い両鬢《りょうびん》に走り込んでいた。左手には薩州から拝領の延寿国資の大刀……右手には最愛の孫、与一|昌純《まさずみ》の手首をシッカリと握って、居丈高の片膝を立てていた。
並居る西村、塙代両家の縁家の面々は皆、顔色を失っていた。これ程の放言を黙って聞き流した事が万に一つも主君忠之公のお耳に達したならば、どのように恐ろしいお咎めが来る事かと思うと、生きた空もない思いをしているらしく見えた。
「面白い。一言申残しておくが、吾儕《われら》は徒《いたず》らに女色に溺れる腐れ武士ではないぞ。馬術の名誉のために、大島の馬牧《うままき》を預ったものじゃ。薩州から良い種馬を仕入れたいばかりに、島津家と直々《じきじき》の交際《つきあい》をしたものじゃ。大名の島津と、黒田の家来格の者が対等の交際をするならば黒田藩の名誉でこそあれ。ハッハッ、それ程の器量の武士《さむらい》が又と二人当藩におるかおらぬか。それを賞めでもする事か、咎め立てするとは心外千万な主君じゃ。しかもそのお咎めを諫めもせずに、オメオメと承って来る大目付も大目付じゃ。当藩に武辺の心懸の者は居《お》らんと見える。見離されても名残りはないと云うておこうか。御一統の御小言は昌秋お受け出来ませぬわい。ハッハッハッハッ……」
「……………」
「塙代家の禁裡馬術の名誉は薩藩にも聞こえている筈じゃ。身共と孫の扶持に事は欠くまい。薩州は大藩じゃからのう。三百石や五百石では恩にも着せまいてや。ハッハッハッ。大坪本流の馬術も当藩には残らぬ事になろうが、ハッハッハッ。コレ与一……薩州へ行こうのう。薩州は馬の本場じゃ。見事な馬ばかりじゃからのう。乗りに行こうて……のう。自宅《うち》の鹿毛《かげ》と青にその方の好きなあの金覆輪《きんぷくりん》の鞍置いて飛ばすれば、続く追っ手は当藩には居《お》らぬ筈じゃ。明後日の今頃は三太郎峠を越えておろうぞ……サ……行こう……立たぬか……コレ与一……立てと言うに……」
六尺豊かの与九郎に引っ立てられながら、孫の与一は立とうともしなかった。紋付の袖を顔に当ててシクシクとシャクリ上げていた。
「……ヤア……そちは泣いておるな。ハハ。福岡を去るのが、それ程に名残り惜しいか。フフ。小供じゃのう。四書五経の素読は済んでも武士の意気地は解らぬと見える。ハハ」
「……………」
「……コレ……祖父の命令《いいつけ》じゃ。立たぬか。伯父様や伯母様方に御暇《おいとま》乞いをせぬか。今生《こんじょう》のお別れをせぬか。万一この縺《もつ》れによって、黒田と島津の手切れにも相成れば弓矢の間にお眼にかかるかも知れぬと、今のうちに御挨拶をしておかぬか、ハッハッハッ。立て立て……。サッ……立ていッ……」
大力の昌秋に引っ立てられて、与一はバッタリと横倒しになりながら片手を突いた。恨めしげに祖父の顔を見上げたが、唇をキッと噛むと、ムックリと起き直って、手強く祖父の手を振りほどいた。突《つ》と立上ってバラバラとお縁側から庭先へ飛び降りた。肩上の付いた紋服、小倉の馬乗袴《うまのりばかま》、小さな白足袋が、山茶花《さざんか》の植込みの間に消え込んだ。
「コレッ。与一どこへ行く」
と祖父の昌秋が、縁側に走り出た時、与一はもう、足袋|跣足《はだし》のまま西村家裏手の厩《うまや》へ駈け込んでいた。
「ヤレ坊様《ぼんさま》……あぶない……」
と抱き止めにかかる厩|仲間《ちゅうげん》を、
「エイッ……」
と一《ひ》と当て、十三四とは思えぬ拳《こぶし》の冴えに水月《みずおち》を詰められて、屈強の仲間がウムムと尻餅を突いた。その隙に藁庖丁の上に懸けて在る手綱を外して、馬塞棒《ませぼう》の下を潜って、驚く赤馬をドウドウと制しながら、眼にも止まらぬ早業で轡《くつわ》を噛ませた。馬塞棒《ませぼう》を取払って、裸馬へヒラリと飛乗ると、頭を下げながら手綱|短《みじか》にドウドウドウドウと厩を出た。裏庭から横露地を玄関前へタッタッタッと乗出して、往来へ出るや否や左へ一曲り、
「ハヨ――ッ」
と言う子供声、高やかに、早や蹄の音も聞こえなくなってしまった。
四
お城の南、追廻《おいまわし》門、汐見|櫓《やぐら》を包む大森林と、深い、広い蓮堀を隔てた馬場先、蓮池、六本松、大体山の一帯は青い空の下に向い合って櫨《はぜ》、楓《かえで》、紅葉の色を競っていた。
その蓮池の山蔭《やまかげ》。塙代与九郎宅の奥庭、落葉《らくよう》を一パイに沈めた泉水に近く、樫と赤松に囲まれた離れ座敷は、広島風の能古萱葺《のこかやぶき》、網代《あじろ》の杉天井、真竹《まだけ》瓦の四方縁、茶室好みの水口を揃えて、青銅の釣燈籠、高取焼大手水鉢の配りなぞ、数寄者を驚かす凝《こ》った一構え……如何にも三百五十石の馬廻《うままわり》格には過ぎた風情《ふぜい》であった。
その西側の細骨障子には黄色い夕陽が長閑《のどか》に、一パイにあたっていた。ピッタリと閉切《しめき》ったその障子の内側の黒檀縁《こくたんぶち》の炉の傍《そば》に、花鳥模様の長崎|毛氈《もうせん》を敷いて、二人の若い女が、白い、ふくよかな両脚を長々と投出しながら、ギヤマンの切子鉢に盛上げた無花果《いちじく》を舐《しゃぶ》っていた。二人とも御守殿風の長笄《ながこうがい》を横すじかいに崩《くず》し傾けて、緋緞子《ひどんす》揃いの長襦袢の襟元を乳の下まで白々とはだけたダラシなさ。最前から欠伸《あくび》を繰返し繰返し不承不承に口を動かしている風情であった。仄《ほの》暗い奥の十畳の座敷には、昨夜《ゆうべ》のままの夜具が乱れ重なって、その向うの開き放した四尺|縁《えん》には、行燈、茶器、杯盤などが狼藉と押し出されている。
「妾《わたし》……何やら胸騒ぎがする」
と年上のお八代が、気弱ら
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