は居付かぬ慣わしじゃ。又兵衛基次の先例もある。出て行こう。三百や五百の知行に未練はないわい。アッハッハッハッハッ……」
 真赤になって怒号し続ける与九郎昌秋の額には、青い筋が竜のように盛上って、白い両鬢《りょうびん》に走り込んでいた。左手には薩州から拝領の延寿国資の大刀……右手には最愛の孫、与一|昌純《まさずみ》の手首をシッカリと握って、居丈高の片膝を立てていた。
 並居る西村、塙代両家の縁家の面々は皆、顔色を失っていた。これ程の放言を黙って聞き流した事が万に一つも主君忠之公のお耳に達したならば、どのように恐ろしいお咎めが来る事かと思うと、生きた空もない思いをしているらしく見えた。
「面白い。一言申残しておくが、吾儕《われら》は徒《いたず》らに女色に溺れる腐れ武士ではないぞ。馬術の名誉のために、大島の馬牧《うままき》を預ったものじゃ。薩州から良い種馬を仕入れたいばかりに、島津家と直々《じきじき》の交際《つきあい》をしたものじゃ。大名の島津と、黒田の家来格の者が対等の交際をするならば黒田藩の名誉でこそあれ。ハッハッ、それ程の器量の武士《さむらい》が又と二人当藩におるかおらぬか。それを賞め
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