しい奥さんを持つと決していいことはない」などとまだ子供の私に云い聞かせていた位であったが、義母の弓子は、この上もなく私を可愛がって実の母以上につくしてくれたので、私はむしろそんな親類に反感を持って義母になついていたものであった。ところが世間の噂というものが妙に適中するものであるように、こうして親類たちの中傷の言葉が不思議にも讖《しん》をなしたのであった。要するに私たちの若い母親が余りにも美しすぎたせいであったから。
 この義母の弓子が今の弟、友次郎を生むと間もなく、父がその若い母を愛する余りに、その金鉱の事を何気なく打明けた。近いうちに軍事探偵を廃業して、ここに砂金を採りに行くのだと云って、満洲の地図に赤い印を附けてみせたものである。これがそもそもの間違いの初まりであった。
 私たちの愚かな母親弓子は当時|哈爾賓《ハルピン》の英国商人の処に奉公していた伯父に、その事を通信したらしい。伯父は直ぐに帰って来て母親からその地図を捲き上げると、哈爾賓《ハルピン》に引返して、私の父が軍事探偵である事を|G・P・U《ゲーペーウー》に密告したに違いないのだ。
 間もなく砂金採掘の用意をして渡満した父
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