ないか知らん。私は依然として東海道線の寝台車の中に睡っているのじゃないかしらん。否、弟が私の動脈瘤を宣告した事からして、私が常々心配していた事が夢となって現われたものに過ぎないので、私はまだQ大の十一号病室の寝台に横たわったまま、こうして悪夢から醒め得ないで藻掻《もが》いているのじゃないかしらん。
私は何が何やらわからなくなったままスタスタと歩き出した。同時に左右の踵《かかと》に処々靴ズレが出来たらしくヒリヒリと痛みだしたのを感じた。
だが、私は東京市中の交番の配置がこれ程までに巧妙に出来ていようとは思わなかった。
私は曾て長い事、東京に住んでいたし、東京の裏面にもかなり精通しているつもりであるが、交番の前を通り抜けずに東京市外に出る事が絶対に不可能である事を、この時に生れて初めて知った。それ程に東京市中の交番の配置は巧妙に出来ているのであった。
私は行く先々に白い交番が新しく新しく出来て行くのじゃないかと思い思い、抜け裏を潜ったり交番の前を電車の陰になって走ったりして、ヤッとの思いで両国の川縁《かわぶち》まで来た。もうここから先へは一歩も行けない。行けば橋の袂の交番にぶつかる
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