して来る美事な旧式パッカードの箱自動車の中に並んでいる――燕尾服の紳士と夫人らしい夜会服、それがソックリ伯父と玉兎女史に見えたのだ。
 私は銀座の真中で幽霊に会った気持になった。急にタマラナク恐ろしくなって脱兎のように電車道へ出た。
「危いッ!」
 と車掌が怒鳴るのも聞かずに走って来た電車に飛乗った。尾張町に来ると又飛降りた。
 そのまま何気なく築地の八方館に帰ろうと思って木挽橋《こびきばし》の袂《たもと》まで来たが、河向うを見るとハッと立停まった。河向うの八方館の入口から出て来たばかりの二三人の警官が、河岸《かし》に立って左右をキョロキョロと見まわしている。ああ、私の正体がその筋から看破されているばかりでない、宿屋まで突止められているとは、何という機敏さであろう。弟にも知らせずに九州から来た私の正体が、どこから、どうしてわかったのであろう。――ただ呆然と佇んでいる私の耳に、魔者の声のようなラジオが聞えて来た。
「……引続いて今晩の最終九時半のニュースを申上げます。今晩銀座×丁目二十四番地、印度人シャイロック・スパダ氏経営に依るカフェー・クロコダイルで世にも恐しい且つ奇怪なギャング事件
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