卑怯な云い草のようであるが、伯父の過去の罪を清算してやって、私の弟を一躍巨万の富豪にしてやる冒険が、必ずしも冒険でなくなって来るのだ。

 私はいつの間にか眠ってしまったらしい。
 翌る日は久し振り汽車に乗ったせいか、無暗《むやみ》に腹が減った。ボーイに笑われる覚悟で三度目に食堂に入っていると間もなく左手に富士山が見えた。多分今生の見納めであろう富士山が……。
[#天から2字下げ]富士が嶺《ね》は吾が思ふ国に生《な》り出でて
[#天から7字下げ]吾が思ふごと高く清らなる
 コンナ和歌が私の唇から辷《すべ》り出た。他人の歌を暗記していたのか、私が初めて詠《よ》んだのかわからない。それ程スラスラと私の頭から辷り出た。辞世というものはコンナ風にして出来るものかも知れないと思うと思わず胸がドキンドキンとした。富士山は日本の大動脈瘤じゃないか知らん……といったような怪奇な聯想も浮かんだがコイツはどうしても歌にならなかった。

 東京駅で降りて築地の八方館という小さな宿屋に風呂敷包とバスケットを投込むと直ぐに理髪店に行った。頭を真中からテカテカに分けて、モミアゲを短かくして、鼻の下の無精鬚をチョッ
前へ 次へ
全55ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング