冥土行進曲
夢野久作

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)帷《カーテン》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)火焔|鋩子《ぼうし》の

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   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「金+示+且」、第3水準1−93−34]元《つばもと》
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       一

 昭和×年四月二十七日午後八時半……。
 下関発上り一二等特急、富士号、二等寝台車の上段の帷《カーテン》をピッタリと鎖《とざ》して、シャツに猿股《さるまた》一つのまま枕元の豆電燈を灯《つ》けた。ノウノウと手足を伸ばした序《ついで》に、枕元に掛けた紺《こん》背広の内ポケットから匕首拵《あいくちごしらえ》の短刀を取出して仰向になったまま鞘《さや》を払ってみた。
 切先《きっさき》から※[#「金+示+且」、第3水準1−93−34]元《つばもと》まで八寸八分……一点の曇もない。正宗相伝の銀河に擬《まが》う大湾《おおのだれ》に、火焔|鋩子《ぼうし》の返りが切先《きっさき》長く垂れて水気《みずけ》が滴《したた》るよう……中心《なかご》に「建武五年。於肥州平戸《ひしゅうひらとにおいて》作之《これをつくる》。盛広《もりひろ》」と銘打った家伝の宝刀である。近いうちにこの切先が、私の手の内で何人かの血を吸うであろう……と思うと一道の凄気《せいき》が惻々《そくそく》として身に迫って来る。
 私は短刀をピッタリと鞘に納めて、枕元に突込んだ。
 電燈を消して静かに眼を閉じてみると、今朝《けさ》からの出来事が、アリアリと眼の前に浮み上って来る。

 今朝……四月二十七日の午前十一時頃の事、雨の音も静かなQ大医学部、大寺内科、第十一号病室の扉《ドア》を静かに開いて、私の異母弟《おとうと》、友石友次郎《ともいしともじろう》が這入《はい》って来た。死人のような青い顔をして、私の寝台の前に突立った彼は、私の顔を真正面《まとも》に見得ないらしく、ガックリと頭を低《た》れた。間もなく長い房々した髪毛《かみのけ》の蔭からポタポタと涙を滴《た》らし初めた。
 ……妙な奴だ。私は寝台の中から半身を起した。
 私とは正反対のスラリとした痩型の弟である。永い間、私の月給に縋《すが》って、ついこの頃銀時計の医学士にな
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